第96話「分岐ノ翠眼」

「じゃあ、そろそろ休憩しましょうか」


「は、はい……」


 白銀の少女が燃え続け二時間ほど。山のように積み重なった野菜や肉の中、ようやく休憩時間の号令がかかった。

 一心不乱に切っていたのだが、その間リラはただ椅子に座っていた。

 ふんぞり返って、少女の捌き方を観察していた。


 もし、青年がこの場にいれば文句を垂れていただろう。

 そんなリラは立ち上がり、エティカの肩を優しく叩く。


「よくできたわね。最初こそ危なかったけど、後半はとっても丁寧で素早くできていたわよ」


「は、はいっ」


 パァっと咲くような笑顔を魅せるエティカ。

 エヴァンの母親に認められた。その事がなによりも嬉しかった。


「そういえば、村長さんから作業が終わったら、エティカちゃんと話をしたいそうよ。離れにいるはずだから、休憩がてら行ってらっしゃい」


「え、村長さんが……?」


「そうよ、直々のお呼び出しよ。だから早く行きなさい」


「は、はいっ」


 急かされるように、エプロンを椅子へ掛け、急いで向かう。

 ふわふわと弾む白銀の髪を見送るリラは、ん〜と伸びをしてエティカが立っていたところまで歩く。

 恐らく、話は長くなるだろう。

 目の前の新鮮な食材を睨む。

 おおよそ調理場から人とは思えない声が屋敷中に響いた。



 促された通りに村長のいる平屋へたどり着く。

 先日と同じように、しかし一人なので静かに庭へ入っていく。

 朗らかとした涼しげな空気の中、少女を呼び出した老婦は縁側に座り、日光浴をしていた。

 白髪がキラキラと光る。


 そして、初めて会った時と同じようにいち早くエティカへ気づいて、顔を向ける。

 白く濁ったエメラルドグリーンの瞳が少女を捉えて、クシャッと笑う。


「突然、呼び出してごめんなさい」


 重みのある声がエティカを揺らす。


「い、いえ……」


 少女は戸惑う。

 こういう時、どうすればいいかの経験値がない。

 思わず、立ち尽くしキョロキョロと挙動不審なエティカへ、優しくバイスは声をかける。


「お隣へどうぞ、気持ちいいですよ」


「は、はい……」


 しずしずと。庭石を渡り、バイスの隣へ腰掛ける。

 緊張感からか手汗がしっとりと濡らす。

 隣に座ったのを確認した老婦は、早速と喋り始める。


「どうですか? このイースト村は」


「あ、その……」


「ふふ、何もなくて退屈でしょ」


「そ、そんなことはっ。綺麗で、のどかで、わたしは、好き、です……」


 モジモジと、拙いながらも思ったことを伝えていく。

 ストラのような石畳と人だかりのせわしなさもいいのだが、のどかで閑寂な雰囲気もとても好きなのだ。


 その事がバイスは穏やかに言葉を紡ぐ。


「なら、良かったです。最近の子は王都といった都に行く子が多いですから、田舎は老人の住処かと思っていたもので」


「そ、そんなこと、ないです」


「ふふ、ありがとうございます。本気で思っていませんから、気にしないでくださいね」


 なんとなく不思議な雰囲気をかもし出すバイス。

 それが少女は気になるも、嫌悪感はない。

 むしろ、心地よい。穏やかな空間に飲まれる。


 そんなバイスは、さて、と前置きをする。


「呼び出したのは、他でもありません。エヴァンさんの事と、エティカさんの事です」


 ピリッと真剣な顔つきになった老婦。

 思わずエティカも息を呑む。


「まずは、エティカさん。貴方はエヴァンさんの事を愛していますか?」


「え!?」


 驚愕の声が飛び出る。

 少女の予想とは、かけ離れた一言に大きな声が出てしまい、口を手で閉じてしまう。


「愛しているとは言わなくとも、好きですか? 家族へ向けた愛情ではなく、一人の異性へ向けた特別な感情でしょうか?」


 淡々と口からヒラヒラと出てくる言の葉に、白銀の少女は頬を真っ赤にする。

 エヴァンの事をどう思っているか。

 答えはただ一つ。

 好きで、大好きで、愛している。

 家族へ向けた慈愛のものではなく、一人の異性へ向けた恋情。

 いつか、もし、いつかがくるなら。添い遂げたい。

 そんな希望さえある。


 まるで林檎りんごのように紅くなった少女は、小さくとも答える。


「す、すき、です……」


 消え入りそうな、恥ずかしさで包まれた少女の言葉はバイスにちゃんと届いた。

 そして、そんな心情さえみえたので、人知れず胸を撫で下ろす。

 それだけで呼び出した意味があった。


 確認できたバイスは、イタズラをした子どものような笑みを浮かべる。


「分かっていたんですが、ちゃんとエティカさんの言葉で聞きたくて、恥ずかしい思いをさせてごめんなさい」


「い、いえ……」


 早鐘の鼓動は身体中に響き渡る。

 とてもうるさく、なによりもの証拠でもあった。


「では、そんなエヴァンさんのお話をしましょうか。この間、言えなかったの彼の話を」

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