第63話「純潔な考察」

 オムサの発言から、会議が終わるまで、エヴァンの記憶は朧気おぼろげだった。


 イスルはずっと黙っていた。

 オムサの術式は光っていた。

 ロドルナはいやらしい笑みを零していた。


 エヴァンは、いくつもの答えが浮かんでは否定してを繰り返す。

『魔王』も『魔王の器』も魔人族の女の子にしか発現しない。

 もしかしたら、エティカがそうなのかもしれない。

 いや、エティカ以外の可能性の方が高い。


 他にも魔人族の女の子は沢山いるだろう。

 でも、魔人族の生殖能力は限りなく低い。


 エティカはボロボロの身なりで幻生林にいたのだ。

『魔王の器』であるなら、魔人族は大切に保護するだろう。

 次期『魔王』になるのだから、ボロボロの身なりで一人きりで危険な幻生林に放置するなんて考えは浮かばないだろう。


 魔人族の事が分からない以上、憶測でしかないが、大切に育てているはずだ。

 人類と敵対しているのだから、戦力となる人材は確保しておきたいだろう。

 だからこそ、エティカが『魔王の器』という可能性は低い。


 エヴァンはその結論に辿り着くも、確証はなく、不安は消えなかった。


 オムサが決めたエヴァンの役目は変わらず、そのまま会議は滞りなく終了した。




 意気消沈としたエヴァンに対して、二人の魔女は会議の終了と同時に姿を消した。

 転移の術式で姿を消したのだろう。

 そんな高等魔術をそんな簡単に使えるのか、ともエヴァンは思ったが、それすら大した意味を持たなかった。


 そんなエヴァンへ畳み掛けるように、ロドルナは立ち上がりながら。


「エヴァン・レイよ」


 そう呼び掛ける。

 意気消沈のエヴァンを心配してくれたのだろうか、とも思えたがそんな訳が無い。


「もし、ストラ領でローナ・テルシウスという紫色の髪の女に出会ったら、伝言を頼めるか」


 なぜ、ここでローナの名前が出たのか。

 おおよそ、ロドルナの口から聞くことはないと、思っていた名前だったが。

 伝言ならば頼まれてみるのもいいか、とエヴァンは応える。


「伝言とは?」


「姉未だ見つからず、とだけ伝えとけ。それで充分だ」


 姉?

 ローナに姉がいるのか、と気になったエヴァンが質問するより先に、ロドルナは書記のベルトルトと一緒にそそくさと退室した。


 ローナに姉。

 彼女自身、秘密が多いのだが姉がいたとは初耳だった。

 伝言はしっかり届けよう、とエヴァンは心に留めた。


 王都にて『魔王』と魔人族だけでなく、ローナの秘密と得られた収穫はかなりの物だったが、それによってすり減ったエヴァンの精神は素直に喜ぶ事は出来なかった。

 今はただ、エティカに貰ったお守りを握る事しか出来なかった。

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