第56話「【幕間】慈善」
能力研究所の一室。所長室の奥に三人の魔女が紅茶を飲んでいた。
謙虚、慈善、勤勉のいつもの面々である。
話題は、『救世主』との接触について。
しかし、慈善の顔色はとても優れず、一層挙動不審が際立つ。
痺れを切らした勤勉は、問い掛ける。
「……それで、慈善は『救世主』と接触できたのですよね?」
勤勉の一言に、ビクン、と身体が揺れる。
瞳の揺れ動きは顕著に。
「そ、そ、そ、そ、その……」
「おい、さっさと言いなさいよ」
これには謙虚も畳み掛ける。
ここまでよく我慢できたと言えるが、口調の尖り方は突き刺すようであった。
それでも萎縮しない慈善は、意を決する。
「せ、接触は、でき、ました……」
「接触は?」
勤勉の魔女の復唱に鳥肌が立ってしまう慈善。
「の、能力の、しょ、詳細は、分かり、ません、でした」
「はぁ!?」
謙虚は大声を出し慈善に詰め寄る。
「おい! 慈善が分からなきゃボクが動けないじゃない!」
「だ、だ、だって……」
「謙虚」
熱した謙虚に冷たく勤勉の言葉がぶつかる。
謙虚を見つめる視線は、非常に非情に冷たく、冷血さえ感じる。
「そんな言い合いをしに集まったのなら、貴方は必要ありません。私達は意見を交わしに来た。そこに計画の不備を嘆く暇なんかありません」
その言葉には、謙虚もしおらしくなる。
ただ、謙虚の剣幕に怯まない慈善も慈善であったが。
「ところで、具体的に教えて下さい。どうして、能力の詳細を得られなかったのか、発動条件も、発現時期さえも。分かっている事があるのならば、今すぐ共有して下さい。そうして、計画を修正していきましょう」
そう言われた慈善は大きく息を吸い込む。
「お、恐らく、ですが、能力は、一つ、じゃ、ない、可能性、が、高い、です。ふ、複数、の、能力の、情報、が、頭に、流れて、きて、処理、でき、ません、でした」
ふむ、と勤勉は澄んだ紅茶を見つめる。
『救世主』の能力は、一つではなく複数あるという事。
それも、一度に処理できない程に沢山の。
「そうですか……」
残念そうに見えた勤勉。
しかし、内心では知識欲の湧き上がりを感じていた。
常識の範囲外に『救世主』は存在している。
そう思うと勤勉の口角は歪む。
「それは、とてもいい事ですね。いい事ですね。いい事ですね。嗚呼、
その姿は悪魔のようであった。
「おい、それでボクはどうすればいいのよ」
謙虚の一言に我に返る勤勉。
コホン、と。
「そうですね。ひとまず、一週間後の予定は開けておいて下さい。そこで、直接『救世主』と接触しましょう。それまでは、慈善には何度も能力の解明をしてもらいます」
慈善はいかにも、え〜、と言いたげな表情をした。
また、盛大に嘔吐しなければいけない。
それはそれで嫌にもなるだろう。
しかし、文句は許さないのが勤勉。
「いいですか、慈善の失敗は大きな支障です。本来はスムーズに進んだ物語を引き裂かれたようなものですから、それを取り返すのが慈善のする事ですよ」
「は、はい……」
「おい、とりあえず、一週間後に向けて気を付ける事はあるのかしら」
謙虚は勤勉を急かす。
「とにかく、本名と能力は隠して下さい。それ以外は特にありません」
「そう、なら一週間後ね」
そう答えた謙虚は姿を消した。
その場には、慈善と勤勉のみ。
「慈善は先ほど言ったことを遂行して下さい。失敗の報告は一週間後にして下さい。それまでに言われるのも鬱陶しいので」
「は、はい」
慈善の姿もその場にはなかった。
残った勤勉は、紅茶で満たされたティーカップを眺める。
ここまで上手くいかないのは初めてで、吊り上がった口角と怪しい笑みは消えない。
「いい事ですね、エヴァン・レイ」
不敵な笑みとは別に、慈善も同時刻に盛大な嘔吐をしたのは言うまでもない。
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