第47話「慈善の魔女」
視線から逃げるように誰もいない部屋に入り、扉を閉める。
何とも言えない不気味さが、エヴァンの喉を締め付ける。
何とか、気分を立て直そうと、部屋の様子を見ようとしたその時。
「あ、あ、あああ、あの、早い、ですね」
既に先客が、椅子に座っていた。
紅茶の入ったティーカップが二つ並んだテーブルと二つの椅子。
エヴァンへ襲いかかる不気味さは、零れそうな程満杯になる。
入った瞬間に、人の気配も無かった。
視認もした。
なのにその場所に、さも居たのが当たり前のようにいたのだ。
「あ、あ、あ、あ、あの、そこだと、面倒です、座って、下さい」
その一言と共に、エヴァンの前にある椅子を示す。
緑色の髪は綺麗に整えられ、首元までの長さ。エヴァンを見る瞳は蒼眼の女性であった。
エヴァンは、言われるがまま、戸惑いながらも着席する。
「し、失礼します」
目の前の紅茶はいい匂いの物だが、それがエヴァンを余計に不安にさせた。
隣に座ってオドオドしている挙動不審な、女性がエヴァンの話し相手だという事も余計に。
「い、い、意外と、早かった、ですね」
「え……。ああ、召集の事ですか、何とか」
吃逆の激しい女性で、挙動不審。視線は右往左往としているようで、エヴァンの発言中は一切視線を外さない。
受付の女性同様、観察されているような気分にエヴァンは、不安感を煽られる。
「あ、あ、ああ、あの、自己、紹介を、します」
話すのが苦手という訳ではなく、意図的にそのような喋り方という訳ではなく、そのように喋らなければいけない、そんな印象をエヴァンに与えつつも、女性は自己紹介を始める。
「つ、対の魔女、慈善、こと、オーマ、です。そう、呼んで、下さい」
エヴァンの隣、激しく動く視線の女性は、対の魔女の慈善。
接触してはいけない対の魔女の一人がそこにいた。
「オーマ様ですね。私は、『救世主』エヴァン・レイです」
努めて平静に自己紹介を返したエヴァン。
その様子をジッ、と見つめるオーマは口を開く。
「ほ、本当に、エヴァン・レイ、です、ね?」
「え、ええ……」
エヴァン自身の名前の通りが良いので、オーマの確認に戸惑いを示すが、用心深いとも言えるとエヴァンは納得させる。
しかし、その納得も、これまでの不気味な様子も、一つの出来事で一変する。
「そ、そ、そうなの――」
オーマが全て語り終えるまでに、彼女の口から別の物が飛び出した。
黄ばんだ色。
本来であるならば、モザイク処理させて
その様子は、さながら噴水のようであった。
「え!?」
唖然としたエヴァンが、反応できたのは、オーマが全てを吐き終えた時だ。
オーマは、
「だ、大丈夫ですか?」
と、心配になり立ち上がり、駆け寄ろうとした瞬間、オーマは凄まじい形相でエヴァンを睨む。
鬼のような、親の仇とも、憎しみとも感じ取れる程、恨みの篭った視線。
それにエヴァンは、臆してしまい、立ち尽くす。
オーマの視線は拒絶反応とも取れた。
「だ、大丈夫、です、お見苦しい、所を、すみ、ません」
しかし、咄嗟にオーマは視線を隠して、穏やかな笑みを浮かべる。
自然とも取れるが、一瞬の憎しみの視線が、エヴァンにこびり付く。
取り繕ったオーマの様子が、余計に不気味さを増した。
「か、かた、づけますね」
その一言で、扉から数名の仮面を付けた者が入ってくる。
いつの間に、と思う暇もなく、オーマの粗相を片付け、数分も掛からず元のテーブルへと変わる。
熟練の早業。
しかし、オーマの一言に反応できる程近くにいる、というのに気配もなく、数名の仮面を付けた性別不明の者が、存在を消しているという現実に、エヴァンは緊張で締めあげられる。
魔女によって仕組まれているのは予想できたが、予想外の事が起きすぎて、処理が追い付かないというのもあるが、オーマの憎しみが、より一層エヴァンの危機感を増していく。
「し、失礼しました。お、気分は、悪く、ないですか?」
エヴァンの気分は最悪と言ってもいいだろう。
それこそ、先のロドルナからの質疑よりもずっと。
「い、いえ、大丈夫ですか?」
「は、はい、たま、にあるんで、お気に、なさらず」
たまに、であんな嘔吐をするのだろうか。
猜疑心は相変わらずのエヴァン。
「そ、それで。私を呼んだ理由というのは、なんでしょう?」
早くに立ち去りたい。
その一心で、オーマへ投げかける。
オドオドとした様子に変化はない。
「な、何か、お聞き、したい、そうでしょ?」
質問に質問で返されたが、オーマは続けて。
「あ、あ、あたし、達、魔女に、聞きたい、事が、あるんでしょ?そ、その、為に、あたしで、答えられ、るのなら、答え、ます」
エヴァンは、少しの驚きに目を開く。
一週間後の『魔王』への意見交換と対策の場で、ウレベへ聞こうと思っていた事が、今この場で聞けるという。
この場を包む酸っぱい匂いが気にならない程、魔女へ質問できるという機会。
これは、願ってもいない状況だった。
この機会に、エヴァンの気になっている事の解答が得られれば、今後の魔女への対応等、幅広く活用も応用も可能となる。
エヴァンは、意を決する。
「では、お言葉に甘えて」
慈善の魔女と『救世主』の相対が始まる。
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