第14話「白銀の話し合い」

 不安で小刻みに唇が震えながらも、青年は言葉を繋いでいく。


「まず、順を追うと。昨日の夜、いつも通り幻生林の中で、魔獣を狩って、夜を越している時なんだが、エティカが突然、傷だらけで現れたんだ。

 その時に傷は魔法で治したけど、この子から詳しく話を聞いたら、父親と幻生林にやってきていたらしい。

 一緒に来ていた父親とは、死別して魔獣から逃げてきたそうだ」


 ふむ、とアヴァンの表情が真剣なものへ変わる。

 ヘレナは真面目な雰囲気を出しながら話を聞いている。


「身寄りもなく、頼る者もいないそうで保護したんだが、保護所に預けるのは、心配だからここまで連れてきた。

 保護所の先日の騒ぎもある。だから、この子の事情を聞いて、理解してから、この鴉で一緒に下宿させてもらえないか」


 その発言から時が止まったのではないか、と思うほど全員の動きが消える。その場には、依頼掲示板からの賑やかな男女の声しか届かなくなる。

 アヴァンもヘレナも、思案していたが、赤髪の男が先に切り出した。


「俺としては、下宿の人数が一人増えようと構わないが。幻生林で保護したその子は、本当に身寄りがないのか?」


「ああ、唯一の知り合いが魔女だそうだ」


 魔女、という名前を聞いて再び固まる二人。


「魔女と言っても関わりがあったのは、この子の両親であって、この子は深く関わっていない。幻生林で会ったその魔女に見捨てられたそうなんだ」


 魔女に対して警戒する二人にも納得できる。

 もし、関わったのが七つの魔女だとするなら、エティカという子が、何をするのか不安になるのだ。村や街を全滅させるほどの魔女と関わりがあるだけで、そんな印象を与える。


「魔女とは、ほぼ関係なくて身寄りも頼り所はないて事なら、母親は? 父親が死別したというのなら、母親はどうなんだ」


 そんなアヴァンの疑問に、青年もそこまで聞けていなかった。

 だが、かといって嘘をつく訳にもいかない。しかし、どうしたものか。そうエヴァンが悩んでいると、白銀の少女が答えた。


「おかあ、さんは、ころされ、たの」


 何と重い、助け舟の一言。両親とも殺された。

 その言葉に胸を締め付ける圧が、より一層キツくなるエヴァン。


「そうか、よく言ってくれた」


 アヴァンは勇気を出した少女へ優しく声を掛け、その言葉を受け取った。

 これ以上聞くのは、エティカにとって酷だろう、と思ったアヴァンより先に、ヘレナが話の方向を変える。


「まず二人に、いくつか話したいことがあるの」


 その一言で、空気が凛と引き締まる。続けざまに。


「わたし達二人とも、エティカちゃんが住むことは喜んで迎え入れるわ。エヴァンの部屋にいてもらってもいいし、ひと部屋用意しても、家賃がその分入ってくるし、何より小さな子を保護所に預けるなんて、わたしも望んではいないし」


 でも、とヘレナは付け加える。


「それはその子が、幻生林で迷子になっている普通の子である、とわたし達が思っているから。少なくとも、エヴァンのローブに掛けられた術式が無ければね」


 ヘレナは目ざとい。エヴァンの掛けたローブへの認識阻害の術式を視認できていた。


『目利き』という、物体に掛けられた術式や魔法を視認できるだけでなく、視力そのものが向上する能力。

 それによってエヴァンが徹夜で、未完成ながらも仕立てた術式を見破ったのだ。


「わたしが思っていた大事な話は、そのフードで隠さなきゃいけないことだと思っているのだけど、違うのかしら? もちろん、下宿できるように頼み込むのも大事でしょうけど」


 思わず的を射抜かれ、無言になってしまうエヴァン。


「フードへ隠して、聞かれた時に答えるなんて小賢しいやり方を、エヴァンはしないとわたし達は知っているから。

 とても話しにくいことだけど、それでも話をして、事情を聞いてもらった上で、理解してもらう必要があるのでしょ?」


『目利き』よりも、青年を理解しているヘレナだからこそ、心まで見透かした言葉が重かった。


「何より、あなたがそうまでしても守りたい人なんでしょ」


 それでも掛ける言葉は、優しくなるように選んでいくヘレナ。

 例え、エティカが魔女と関わりがあったとしても、『救世主』であるエヴァンが、守りたいと思って連れて来たことの方が信用できる。

 白銀の少女が何者であろうと、青年を信じているからこその言葉。


 それが優しく沁みるようだった。

 その優しさを信じなければいけない。

 青年はそんな気がした。


「…………信じられないかもしれない」


「エヴァンが信じた子なんでしょ」


「こんな時くらい頼ってこい」


 青年の重くなった心は、二人の優しい言葉に救われるようであった。

 重苦しい口から絞り出すようにつむぐ。


「…………この子、エティカは魔人族だ」


 再び時間が止まったような感覚におちいる。それだけの沈黙が包む。

 アヴァン、ヘレナの表情もピクリと動かない。

 それがただ怖くてエヴァンの背筋も凍る。手汗も溢れる。

 またもや沈黙を破ったのは、ヘレナだった。


「…………それだけ?」


 エヴァンの表情がポカン、と大きく変わる。

 予想外の返答に、青年だけの時間が切り取られたように止まった。エヴァンはそれでも、と言葉を絞り出す。


「…………は?」


 最悪の言葉を絞り出したのだ。

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