第42話 セシリアとイリーナ
セシリアの心中は穏やかではなかった。それは、ユーリの母、イリーナとの初対面を控えているからに他ならなかった。
ユーリは、イリーナのことをただの母上くらいにしか認識していないが、世の中の評価はそれとは大きく異なったものであった。
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イリーナ・アレクシオール、別名【聖女】と呼ばれている。大国アレクシオール王国の正妃でありながら、高位の光魔法の使い手であり、聖女という称号を手にした。
学生時代には、光魔法の練習のために教会で無料の治療を実施していたことで、民からの評判も高く、名実共に聖女である。
ここで光魔法がこの世界でどのように認識されているのかについて触れておく。
光魔法使いは他の魔法使いに比べて稀有な存在として認識されている。その数、全ての魔法使いの中で1割ほどだ。人によっては1割は多いようにも感じるだろう。しかし、その感覚は間違いだ。それは、魔法使いもまた希少な存在と見なされているためであるからだ。スキルで授かる以外に魔法が使えるようになった前例は未だない。従って、スキル鑑定の際に魔法スキルの有無を確認されれば、後天的に授かることはあり得ないのである。
希少な存在である魔法使いの中の1割である光魔法使いがどれほど稀有な存在か理解したことだろう。
しかし、数が少ないからと言って、現実は甘くない。存在が稀有であるが故、研究が進んでいないからだ。
火魔法を例に挙げよう。火魔法は使い手が一番多く、これまで盛んに研究が行われてきた。
詠唱句の研究では、当初長い詠唱句を唱えなければならないことになっていたが、現在では火球と唱えることで発動することも可能であると判明している。
しかし、これは原理の理解が進んだからに他ならない。
詠唱句とは、その魔法に必要なイメージを言語化し、魔法を顕現させるためにある。研究が進んだことにより、頭の中で魔法の具体的なイメージを作ることが可能となり、結果として、詠唱短縮が実現された。
っと、ここまでが火魔法の例だ。
では、光魔法はどうだろうか。
確かに、スキルによって何となく使い方が分かることも事実だ。しかし、何となくである。魔法を行使できる母数が少なければ、研究は進まない。ましてや光魔法だ。
光魔法とは別名回復魔法とも呼ばれている。その別名の通り、人のことを治癒することができる。しかし、イリーナが聖女と呼ばれる前の時点では、体の調子を整える、怪我の治りを早くする程度の認識だった。勿論、この世界には医学と呼ばれるものは存在していない。人体の仕組みを研究されていない。そのような状況で光魔法の研究などが行える訳がなかった。
ここで、なぜイリーナが聖女と呼ばれているかという事に話を戻そう。
端的に言えば、イリーナの出現によって光魔法の認識を大きく改変されたからである。先程も述べたように光魔法とは、人間に備わった機能を促進する程度でしかなかった。それ故、光魔法は要らない存在として、無能として扱われていた。しかし、イリーナは努力を積んだ。教会で多くの怪我人を見て学んだのだ。そして、光魔法で怪我を治して見せた。たまたまなどではなく、何度も、何度も何度も成功させた。その噂が徐々に広がり、教会には怪我人が押し寄せた程だ。
イリーナの偉業はそれだけではない。その怪我の治癒法を無償で広く世界に公開したのである。その技術を独り占めしてお金稼ぎをすることも出来ただろう。しかし、それは行わなかった。本という媒体を用いて教会や商会、色々な面から情報を公開した。それはひとえに人を救いたいというイリーナの気持ちに他ならなかった。
イリーナの偉業の結果、光魔法使いの地位は向上し、研究も進んだ。そして、今では大怪我も治すことができるようになり、部位欠損の治癒が次なる課題となる程にまで進んだ。
イリーナは光魔法使いにとっての救世主である。それ故、聖女と言われているのであった。
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話を戻そう。
セシリアは光魔法使いである。これだけでなぜセシリアが緊張しているのかが分かるだろう。
光魔法使いにとってイリーナとは伝説の人物だ。その人物に今からセシリアは会う。セシリアは生まれてから感じたことのない程の緊張を感じていた。
「セシリアさん、もうすぐでお母様の部屋ですよ」
エミリアの声が廊下に響く
コンコンッ
「イリーナ様、エミリア様、セシリア様をお連れしました」
「ありがとうメリル。入ってちょうだい」
ガチャ
セシリアが部屋の中へと入る。
「貴方がセシリアさんね。初めまして、ユーリとエミリアの母のイリーナです。よろしくね。セシリアさん!」
その後数十秒、いつもの通り、セシリアが気絶した......
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