第72話「求めていたものだと?」

 墓とすら呼べないような、小さな土の山。その下にあるであろう亡骸は、恐らく原型など留めていない。それでも、スクアは目を逸らすことをしなかった。


「仇に語ってやるのは気が進まんがな、ゴウトの願いに繋がるから、仕方なく話してやる」

「ああ、頼む」


 自ら手は下さなくとも、ゴウトが命を落とした要因は自分にある。リュールは断言できるほどに自覚していた。だから、ブレイダも黙っていた。


「ずっと昔からな、単体では存在できないものがあった。それは何かに宿り力を与えることによって、消えずに永らえてきた」

「それが、あんたらと、こいつか」


 リュールはちらりとブレイダに目をやった。スクアが小さく頷く。


「これまでも武器を人にしてきたのか?」

「いや、そうではない。長い間、一本の木に宿ってきた。それの力を得た木は、森で一番の大木になったよ」

「なら、なぜ」

「ルヴィエの小僧だよ。偶然なのか必然なのか、大怪我をして森に迷い込んで来おった」


 どうやら、全ての起点がルヴィエにあるようだ。暑くもないのに、リュールの額には汗がにじんでいた。


「やつの意思が、それに意志を与えた」

「意思だと」

「ああ、初めて出会った人というものに、それは染まってしまったのだよ」


 リュールはスクアの語り口に違和感を覚えていた。彼女の言うそれとは、ブレイダやスクア達自身のことだ。だが、あまりにも他人事すぎる。


「なぁ、あんたは、それじゃないのか? まるで他人事だ」

「いい所に気が付いたな。ゴウトが引き入れたがったわけだ」


 リュールの質問に、スクアはここに来て初めて表情らしいものを浮かべた。亡き主人の面影を見ていたのかもしれない。


「元々ひとつだったそれは、ルヴィエの小僧に会って、人を滅ぼすという意志を得た。あやつがそう思っていた理由まではわからんがな」

「そうか……」

「それは小僧の持つ剣に宿った。手に馴染んだ武器というのは、使い手の心根が伝わっていてな、僅かながらにも意思のようなものも存在していたんだよ。だから、そやつが最も求める姿に変化した。少しでも喜ばせたくてな」


 スクアの言葉を聞いたブレイダが、素早くリュールを見上げた。朱色の瞳が爛々と輝いているようだった。


「つまり私の見た目は、リュール様が求めていたものだと?」

「そういうことだな、小娘」

「それは大変こうえ……へぶ」


 リュールはブレイダの顔を掌で押さえた。余計なことで話の腰を折らないでもらいたい。それと、続けて喋られては照れくさくてかなわない。


「ルヴィエの小僧は、人を憎むと同時に傭兵団とやらの仲間のことを案じていた。それは主人の気持ちに応えるために、複数に分裂した。そして、愛用していたそれぞれの武器に宿った。手にした主人の心に染まるのだから、もはや別の個体だよ」

「それで、ゴウトはあんたを子供の姿に」

「だろうな。奴なりの未練と覚悟だよ。苦しくとも、怒りと恨みは忘れないようにとな。で、意固地になった結果がこれだよ。馬鹿め」


 盛り上がった土を踏み付けるスクアは、何を思うのか。


「ゴウト……」

「儂の説明はここまでだ」


 気分を切り替えるように、スクアは大きめの声を出した。感傷に浸りつつあったリュールは、その気遣いがありがたいと思った。

 彼女の言う通りなのであれば、傭兵団の生き残りが魔剣を持っていることに説明がつく。リュールは納得しつつも、いくつかの疑問が浮かんできた。


「なぁ」

「はい、なんでしょうリュール様」

「お前は、なぜこれを知らないんだ?」

「わかりません!」


 ブレイダは元気よく答えた。リュールは久しぶりに思えるやりとりに、ため息をついた。そして、助けを求めるようにスクアの方へと視線を向けた。


「小娘が知らない理由は儂にもわからん。それに、その白い刃についてもな」

「え、でもレピア姉さんも白いですよ」

「知らぬ。儂らの刃は黒いものとばかり思っておったからな」


 リュールとしてもジルの短剣を見るまでは、人になる剣の刃は白いものだと思っていた。それはマリムやレミルナ、レピア自身もそうだろう。

 恐らく白い刃の魔剣は、スクアが語ることを知らない。そうでなければ、騎士団は別の動きをしていたはずだ。


「儂が教えてやれるのはここまでだ。目障りだから早く消えろ」


 足元から目線を変えず、スクアは追い払うように手を振った。拒絶の意志を示す仕草は、心からの拒絶とは思えなかった。


「ルヴィエを止めたらまた来るよ」

「また今度、斧のおばあちゃん」

「二度と来なくていいぞ」


 リュールとブレイダは意図的に軽口を告げ、恩人の墓に背を向ける。


「さて、急ぐぞブレイダ」

『はいっ!』


 向かう先は決まっている。鞘に収めたままのブレイダを肩に担ぎ、リュールは走った。

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