第58話「そうおっしゃるなら……」

 木々の影に埋もれるように、小さな人影が立っている。幼いとしか表現できないその顔には、黄色い双眸が埋まっている。少女の姿をした斧槍は、鋭くリュールを見つめた。


「我が名はスクアだ。知っているだろうな。のう、リュール・ジガンとブレイダ」


 首の角度を高くしてリュールを見上げているのだが、どこか見下されているような気になる。それはスクアの尊大な言葉遣いのせいだろうか。


「ゴウトから案内しろといわれている。それとも、この場で儂を斬るか?」

「その言い方、しつれ……へぶ」

「いいって」


 いつものごとく、相手に食ってかかろうとするブレイダの顔を押さえる。このやりとりは嫌いではない。


「案内してくれ」

「賢明なところは褒めてやろう。着いて来るがよい」


 戦場跡の平原を背に、林の中を進む。だんだんと木々の密度が増し、木漏れ日がほとんど届かなくなっていた。


「ここじゃ」


 スクアが小さな手で指を差す。鬱蒼とした中に隠れるようにして、粗末な小屋が建っていた。


「小僧だけ入れ。儂は小娘とここで待つ」

「は? そんな危険なことできるわけないでしょう!」

「お互い戦う気がないという証明なのだがな」

「武器がなくても、魔獣がいるでしょう!」

「それは困ったのう」


 まともに考えれば、ブレイダの言う通りだ。丸腰のリュールならば、魔獣で簡単に殺すことができる。

 しかし、ゴウトがそんな手段を使うとは思えなかった。そもそもが、リュールを味方に引き入れようとしているのだから、簡単に命を奪うことはしないはずだ。


「いや、行くよ」

「リュール様!」

「少しでもおかしいと思ったら来てくれ」

「リュール様がそうおっしゃるなら……」

「すまんな」


 リュールはブレイダの銀髪に軽く触れ、小屋へと向かった。愛剣の視線は、痛いくらいに背中に刺さっていた。


「賢明で、豪気でもある。ゴウトやルヴィエの坊やが欲しがるわけじゃな」


 すれ違いざま、スクアの小声が耳に入ってきた。リュールは意図して無視をした。


「入るぞ」

「ああ、入ってくれ」


 しゃがれた声に促され、扉のない入口を潜る。暗がりの中心に、剣の師匠が座っていた。ブレイダを持っている時ほどではなくとも、リュールには人を超えた感覚や力が残っている。この程度ならば、昼間とさして変わらず見ることができた。


「座れよ」

「ああ」


 ゴウトの向かいに腰を下ろす。最悪の場合、最短距離で小屋を脱出することができるだろう。


「わざわざ来てもらってすまんな」

「前置きはいい」

「そうか、そうだな。説明してやる約束だったからな」


 ゴウトは一時黙り、重々しく口を開いた。


「俺らは、人を恨んでいる。理由は剣の嬢ちゃんから聞いただろう」

「ああ、孤児院だってな」

「あれは俺の希望だった。それを消し去った人間は許しておけない」


 それはリュールにとって初めて見る表情だった。温厚であったゴウトの顔は、憤怒に歪んでいた。

 それ程の怒りだったのは理解できなくもない。しかし、今のゴウトは正常だとは思えなかった。


「その連中は死ぬべきだと俺も思う。だが、それで終わりじゃないか? 他の人間には罪なんてないだろう?」

「当然、あ奴らは殺した。だけどな、俺はもうこんな思いはしたくない。あの子たちのためにも、人はこの世にいてはいけないんだよ」

「そのために魔獣で人を殺すと?」

「ああ、その通りだ。一緒にやろう、リュール」


 全く支離滅裂だ。人を滅ぼすという結論ありきの言葉。リュールには理解も共感もできない。何かに操られているのではと、飛躍した想像をしてしまうくらいだ。

 あの夜、ルヴィエやジルも同じような顔で同じようなことを言っていた。彼らの共通点はふたつだ。傭兵団の生き残りということと、もうひとつ。


「そうさせたのは、人になる武器か? 黒紫の」

「そうだ。彼女が俺を救ってくれた。そして、ルヴィエが道を示してくれた。人を滅ぼして俺も死ぬ。それしかないんだ」


 もうだめだ。リュールの心にその一言が寂しく響いた。


「わかった。決めたよ」

「そうか、やってくれるか!」

「いや、あんたらを止める。最初から決めていた通りだ」

「なん……だと?」

「無関係な人を傷つけるなって、俺はあんたから教わったから」

「そうか、ならば仕方ないな」


 ゴウトにやりと薄い唇を歪ませた。明らかに何かを企んでいる、あまりにも薄気味悪い仕草だった。

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