第43話「先程言いかけたことなのですが」
騎士団の野営地は町の外、切り株があった場所とは反対側に設置されていた。その中心にある比較的大きな天幕が、仮設指揮所になっていた。
リュールはマリムに事の顛末を伝えていた。大きな混乱を招く必要があるため、人払いを依頼してある。天幕の中には、リュールとブレイダ、そしてマリムの三人だけだ。
「わかったよ。君は君で大変だったとね」
「ああ、あんたからの仕事は失敗だ。報酬を差っ引いてくれてもいい」
「いや、貴重な情報だよ。感謝したい」
魔獣を操る者に襲われ、勧誘されたこと。彼らの持つ黒紫の剣は、恐らく人になること。そのうち一人は、リュールよりも遥かに強かったこと。そして、人間と戦うという彼らの目的も。
ただし、その者達が元仲間であることだけは伏せたままだ。自分が疑われるのを避けたかったというわけではない。ルヴィエに対する気持ちが整理しきれなかっただけだ。
「それが真実なら、事態はより深刻になるね」
「魔獣はただの動物じゃないってことだ」
魔獣が動物としての本能でなく、人の意思により行動しているとしたら、あの奇妙な行動にも合点がいく。奴らが人を殺すための道具として使っていたということだ。
「リュール」
「ああ」
「君が誘いに乗らなくて、心から嬉しく思うよ。戦うことになったら、私も無傷ではいられないだろうからね」
「勝つつもりかよ」
「もちろん」
マリムはいつしかリュールを呼び捨てていた。彼の気安い性質もあるが、リュールはそれを信頼の証と受け取っていた。
リュールはリュールで、初めて会った時ほどマリムを嫌いではない。その気持ちを察してか、ブレイダが態度に関して口を挟むこともなくなった。ただし、不満は表情で丸わかりだ。
「この件は口外無用に頼むよ。私の判断に任せてもらいたい」
「ああ、いいぜ」
「これまで後手にしか回れなかったが、敵がわかれば先手を取れるかもしれない」
「そうだな」
彼は明確に敵だと言った。これまでは自然発生的に現れる動物だと考えられていた。しかし、その真実は違った。
人と人の戦いであるならば、ルヴィエ達は敵だ。リュールはその言葉を頭の中で反芻した。
「そして、我々をここに呼んだのは、彼らに意図があったということだね」
「俺を襲ったのと同じだろうな」
レミリアは、騎士団に対して情報があったと言っていた。恐らくは、ルヴィエ達だ。細かな目的までは不明だが、何かしらの意図は感じる。
「それで、君の元仲間はどこに?」
「完全に姿を消してわからねぇ……って」
マリムのその顔を見るのは久しぶりだった。口だけで笑って、視線は射るようにこちらに向く。
彼に隠し事は難しいらしい。リュールは降参するしかなかった。
「知ってたのかよ」
「いや、カマをかけた。リュールが正直者で助かったよ」
「ちっ、性格悪いな」
「よく言われるよ。安心してくれ、君やレミィを疑うことはしない。ただし、これも口外できないことだね」
全部読まれていた。リュールが両手をあげると、マリムの表情は元の穏やかなものに戻った。
「そうか、居場所がわからないとなると、まだ厳しいね」
顎に手を当て、軽く唸る。マリムの中では既に、先手を打つ作戦が動き出しているのだろう。ただし、現状では情報が薄すぎる。
「とりあえず、今夜は休んでくれ。疲れただろう。君たちの天幕も用意しているよ。それと、鎧の手配もしておく」
「それは助かる」
「死なれたら困るからね」
マリムの言葉に甘えて、リュールは中央の天幕を後にした。とりあえずは休みたかったというのは、本音だ。
「あの、リュール様。先程言いかけたことなのですが」
自身に宛てがわれた天幕に向かう途中、ブレイダが遠慮がちに口を開いた。マリムとの会話では、余計なことを言わないように気を張っていたのだろう。
人の姿になったばかりの頃に比べて、リュールへの気遣いの質が変わってきたように感じる。出る場面と控える場面の差を学んでいるのかもしれない。
「ああ、後で聞くって言ってたものな」
「はい。覚えてて頂けて嬉しいです」
会話を続けながら、リュールは天幕の中に入る。恐らくは、他者に聞かれたくない話だ。
「それで?」
「たぶん、あいつらの居場所、わかります」
「ほう」
ブレイダにしては珍しく、少し言葉を濁した言い回しだった。
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