第12話「私はリュール様の物でありたいのです」

 風呂上がりには、宿の食堂で軽く食事をとった。猪肉と野菜を煮込んだスープと、焼きたてのパン。それなりに豪勢なメニューだった。

 少女は上手く食べる演技をした。


 部屋は狭くも広くもなく、一般的な作りだ。二人部屋ということもあり、ベッドはふたつ。藁ではなく綿を詰めた布団が敷いてあるのは、宿泊代相応だと思えた。


「いいお部屋ですね、リュール様」

「そうだな」


 濡れた髪に空気を送りつつ、少女が無理にはしゃいだ声を出した。左手には赤い髪紐が握られている。少女の長髪を見た受付の女性が、気を利かせて渡したものだ。


「ふぅ」


 荷物を床に下ろし、ベッドに座って一息つく。柔らかい寝床はいいものだと感じた。とりあえずは問題ないが、手持ちの金には限りがある。なんとか稼ぎ口を見つけなければならない。それと、少女の引き受け先も。


「リュール様」

「なんだ?」


 リュールの服を着た少女は立ち尽くしたまま、朱色の瞳を彼に向ける。そこには、恥じらいと困惑が浮かんでいるようだった。

 身体の線は見えずとも、瑞々しい肉体は隠しきれていなかった。


「あの、先程の話ですが」

「先程?」

「私が、人に見えると」

「ああ、それか」


 まじまじと見つめられると、やはり無性に照れてしまう。リュールは視線を外した。


「えっと、それは、私を女として意識しているということでしょうか?」

「まぁ、それもあるな」

「そうですか……なんと言ったらいいか」

「うーん、そうだな」

「私は剣です。リュール様の武器なのです。でも、この姿は、剣ではありません」

「そうだな」

「それはそれで、とっても嬉しくて、照れてしまうのですけど、やっぱり本来の私ではないのです」


 リュールは少女が困惑する理由がわかるような気がした。剣として持ち主に仕えていたつもりが、女として扱われる。

 本来の在り方と違う扱いをされるのだ。しかも、自分の意思とは関係なく。だからリュールは、どう返答すべきかわからなかった。


「それでも、私はリュール様の物でありたいのです」


 少女は半乾きの髪を、後頭部で括った。赤い髪紐が銀髪によく映えていた。リュールはそれを美しいと思った。


「剣でいられないのなら、どんなことでも構いません。私を使ってください」

「そうか」

「なんでもしますよ。殺しもできますし、働きに出ることも。それに、食事もいらないのでお金もあんまりかかりませんよ」

「そうか」

「はい、どうか、お願いします」


 おそらく少女は、リュールの腹積もりをわかっていた。この町に置き去りにされると勘づいていたのだろう。だから必死に自身をアピールしている。


「とりあえず、今日は休もう」

「はい……」


 服を緩めてベッドに寝転がったリュールは、未だ立ち尽くす少女に目をやった。何度見ても、人間としか見えない。リュールには、少女を悲しませる趣味はなかった。

 それに、愛用の大剣を手離したいとも思えない。一時でも他人に預けようと考えたことを後悔していた。

 

「明日は仕事を探すぞ。言うからには手伝ってくれよ」

「は、はいっ!」

「寝るぞ。休める時には休むのは大事なことだからな」

「はい! おやすみなさいリュール様」

「ああ、おやすみ」


 深夜、もぞもぞとベッドに少女が入ってきたが、リュールは気付かないふりをした。

 これから共に過ごすのなら、名前くらい決めてやはないといけない。まどろみの中、そんなことを考えて、ふと思い付いた名を呟いてみた。

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