第10話「お、女、ですか?」

 風呂付きの宿は割と簡単に見つかった。この規模の宿場町であれば、そんなに珍しいものではない。

 宿泊客での共用ではあるが、時間が被らなければ鍵をかけて個人使用ができる。さすがに集合浴場には連れて行けないため、非常に助かる方式だ。


「二人部屋を三泊で頼む。事情があってな、使った後には湯を交換してほしい」


 リュールは受付の中年女性に、通常の倍ほどの宿代を渡した。その後、血まみれの少女をちらりと見せる。

 大抵の風呂付き宿は、炊事場の火を活用して湯を温めている場合が多い。それでも、適温の湯は貴重なものだ。ここは、金と同情に頼るのがいいだろう。手持ちは厳しくなるが、穏便に済ます方が優先だとリュールは判断していた。


「あいよ。詳しくは聞かないけど、大事にしてやんなよ」

「ああ、助かるよ」


 女性は少女に優しげな笑みを向けた。何かしらの勘違いをされていそうだった。しかし、さほど気にすることではない。


「やっと流せます」


 脱衣所に入り施錠したところで、少女は嬉しそうに呟く。


「そうだな」

「錆びてしまいそうで恐ろしかったです」

「いや、だから錆びないって」

「リュール様は意地悪になりました」


 柔らかそうな頬を膨らませながら、厚手の外套を脱ぐ。たったそれだけの仕草が艶めかしく見えてしまうのは、彼女の可憐な外見が原因だろう。


「あ、でも、こちらはリュール様の匂いがして素敵でした。ありがとうございます」

「あー、臭かったか」

「いえいえ、私にとっては大変良い香りです」

「返せ」

「えー、残念です」


 リュールは少女の手から外套を奪い取った。体臭なのだから仕方ないはずなのに、妙に照れくさかった。


「ではでは、気を取り直して、お願いします」


 少女は万遍の笑みを浮かべ、リュールに両手を差し出した。


「なにを?」

「えっ? なにって、鞘から抜いてください」

「鞘って?」

「あー、えっと、今は服になってますね」

「つまり、脱がせろと?」

「はい!」


 元気よく頷く少女に、リュールは本日何度目かの頭を抱えた。この少女は、完全に剣という心持ちでいる。その事実に、リュールの感覚は追いついてこなかった。


「いや、自分でやってくれ。俺は待ってるから」

「えっ、洗ってくれないんですか?」

「それは無理だろう」

「ひ、ひどいです……」


 拒否の言葉を受けて、少女は涙目になっていった。


「リュール様は、もう私の事、いらないんですね、剣なのに剣じゃないから……」

「いや、そうでなく」

「じゃあ、洗ってください」

「いや、それは無理だ」

「じゃあ、やっぱり……」


 平行線の話が続く。このままでは埒が明かないと、リュールは仕方なく本音を語ることにした。


「どう見ても人間の女だから、意識してしまって剣として扱いにくいんだよ」

「ふぇっ?」


 リュールの言葉を受け、少女は身体を硬直させた。赤黒く染まっていない部分が、徐々に赤く色づいていく。


「お、お、お、お、お、女、ですか?」

「ああ、そうだよ。文句あるか」

「い、い、い、い、いえ、ないです」

「ならいい」

「あ、あ、あ、あの、私だけで入ってきますね」

「そうしてくれ。ついで、にその服もな」

「は、は、はいっ」


 リュールはそのまま後ろを向いた。衣擦れの音が、妙に生々しく耳に届いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る