第7話「心は錆びるんです」

 リュールが傭兵を志したのは、少年の頃だった。

 貧乏暮らしが嫌で仕方なかった。生まれ育った農村を飛び出したリュールは、小さな傭兵団の使い走りとなった。その頃は体も小さく剣術なんて習ったこともなく、何度も死ぬかと思った。

 その代わりに勝った日の食事は豪華で、酒や女も覚えた。人を殺すことへの抵抗がないとは言えないが、すぐに慣れてしまった。

 ルヴィエという同年代の少年とは特にウマが合い、親友とも呼べる存在になった。リュールにとって、たぶん充実した日々だった。

 

 それも簡単に終わりを告げる。団長の采配ミスでの大敗だ。リュール達の周りは敵兵だらけだった。

 次々と殺されていく仲間たちを見ながら、リュールは必死に逃げた。その日、傭兵団は壊滅した。皆が散り散りになり、再会することはなかった。ルヴィエともそれきりで、生きているのかどうかすらわからない。あの状況を考えれば、絶望的だと思える。


 以降、リュールは独りで生きていくことを決めた。傭兵というものの命は、とことん軽いものだ。一山いくらで買えてしまう程度の価値でしかない。人殺しを職業としたのだから、そんなもんだとリュールは納得していた。

 簡単に失ってしまうのならば、仲間の存在は心の重荷になる。だからリュールは、孤独を好んだ。


「リュール様ー」

「なんだ?」


 愛用の剣が少女になったため、今のリュールは自身の主義から大きく外れることになっていた。それでも、あまり悪い気分がしないのは、彼にとって不思議なことだった。


「べとべとして気持ち悪いですー」


 その少女は心から不快そうな声をあげる。

 野盗の返り血を大量に浴びればそうもなるだろう。リュールの外套を羽織っているものの、血にまみれた白い肌と銀の髪が見え隠れする。


「近くに川でもあればいいんだけどな」

「川ですか。いいですねー。以前はよく洗ってくれましたよね」

「まぁ、そうだな」

「綺麗な川に、敵の血が薄まって流れていくのは、とっても清々しい気分でした。」


 生々しい思い出話にため息をつき、リュールは地図を見る。生憎、この辺りに水場はなさそうだ。


「残念だが町に着くまで我慢してくれ」

「えー、いつもはすぐに拭き取ってくれたのに。錆びてしまいますよ」

「いや、錆びないだろ」

「錆びます」

「その肌がか?」


 鋭く輝く鋼の刃は、きめ細やかで柔らかい肌に変わっている。錆などという言葉からは程遠い。見た目に反して、どうあっても剣の意識でいるようだ。


「心は錆びるんです」

「錆びないだろ」

「ひどいですー」


 リュールはその訴えを敢えて無視した。いつものように拭ったら、剣の手入れとはまったく別の意味になってしまう。

 多少は慣れてきたとはいえ、これは異常な事態だ。リュールは、彼女の言動に順応できる気がしなかった。

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