誕生日には大きな鳥を焼こう

オカメ颯記

誕生日には大きな鳥を焼こう

 醤油味がいいだろうか、それとも塩味。

 私は肉を前にしばし考えこむ。

 あの人のために焼く肉だ。あの人の好み通りに仕上げたい。

 まず、塩をすりこんで、それから、しょうゆをかける。ビニール袋の中に、入れて味をしみこませてみたのだが、あまりうまくいっていなかった。大量の塩がいる。大量の。


 香りのよいハーブも用意した。これもまた、大量に。ベランダで育てていた植物が丸裸になるくらいに。

 スーパーに行って、肉の臭み消しと書いてある香辛料もたくさん購入した。それでも、まだ足りない。

 何しろ、とても大きな肉だから。


 本当は肉の中に詰め物をするのだけれど、あまりにも肉が大きくて詰め切れなかった。どれだけの詰め物を用意すればいいのだろうか。仕方がないので、肉の周りに大量の野菜を並べる。


 どうやって焼く焼こうか。

 それもまた大きな問題だった。

 肉が大きすぎて、オーブンに入らない。

 小さく細切れにして焼くことも考えた。でも、やはり丸焼きがいい。あの人のために、きれいに形を保ったまま焼き上げたかったから。

 オーブンに入れるのはあきらめた。

 仕方がない。バーベキュー方式で焼こう。

 大きな焚火で、丸焼きにするのだ。

 串をさして、ぐるぐる回す方法も考えた。でも、うまく櫛が刺さらない。

 こんな大きな肉を焼いた経験はない。また量販店で、燃料を買ってくる。

 燃えやすそうなものはなんでも。肉を焼くだけなのに、こんなに費用が掛かるとは思わなかった。

 それもこれも、彼の誕生日に食べる肉のためだ。


 油をかけたほうがよく焼けるだろうか。上からたっぷりと油をかける。

 さて、火をつけようと思ったときに表のベルが鳴った。


「はーい」明るく返事をして、手をぬぐいながら、扉を開ける。

 表に立っていたのは警察の人だ。制服を着ている。

 何の用だろう。

「こんにちは。奥様ですか?」

 奥様だなんて、ちょっと恥ずかしい。まだ、そこまでの関係にはなっていないのに。

 警察官はわたしの汚れた前掛けを見て、床を見て、顔色を変えた。

「あら、ごめんなさい。今、鳥を焼こうと準備していたところで」

「鳥……ですか?」

「ええ。とても大きな焼き鳥。彼の誕生日なんです」

 わたしはにっこりと警察官に微笑む。


 なにかに気が付いたようにはっとした警察官はわたしを押しのけるようにして部屋に入ろうとした。なんて失礼な人なんだろう。


「火だ」

 後ろを振り返ると、炎が上がっていた。着火剤に火がついてしまったのだろうか。

 たくさんの人が部屋に入ろうとしている。

「なんてことだ……」「うわ……」

 部屋を除いた人たちは奇妙な叫び声をあげて、それから後ろを向いて戻っていく。

「駄目だ。逃げろ。ガソリンだ」


 炎が一気に燃え広がる。

 わたしは幸福な気持ちに包まれた。

 なんてきれいなのだろう。素敵な焼き鳥を作るための、彼を葬るための、特大の炎。


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