【KAC焼き鳥】路地裏の焼き鳥屋
風瑠璃
拠り所
繁華街から少し外れた路地裏。街灯が少なく。夜になると少し薄暗くなる場所に、その店はあった。
店の中から漏れる灯りと軒下に下げられた提灯が目印。隠れ家的な焼き鳥屋。暖簾を潜り、中に入れば大将の優しい声と美味しそうな焼き鳥の匂い。
仕事の疲れを吹き飛ばしてくれそうなそのダブルコンボに、思わず生ビールを注文する。
注文を受けてくれるのは最近入ったばかりの新人くん。ちょっとドジっ子で危なっかしいけれど、元気で明るい。こんな場末の店に入ってるのが意外なほどだ。疎らに座っているカウンター。その一角に腰を下ろすと、「わわっ」と慌てた様子で生ビールを運んでくれた。少し泡が零れるのもご愛嬌。一緒に届けられた先付けは卵豆腐のようだ。
卵と出汁の味が舌で踊る。付け合せに乗せられたイクラが彩りと味の変化をもたらし、そこに生ビールを一気に呷る。
喉を通り抜けるアルコールが、今日一日の不満を押し流してくれる。
「美味い」
ポロリと零れる一言。
大将の耳は他の客に向けられているので届かなかったようだが、隣に立って注文を待っているのであろう新人くんには届いたようで朗らかな笑みが返ってきた。
焼き鳥とすぐ出る物をいくつか注文して、日本酒もお願いした。ここの日本酒は大将が選び抜いたものばかり。どれも最上級のものであり、ここの焼き鳥によく合うのだ。
タレにしても塩にしてもそれに合うような日本酒を勧めてくれる。
自家製つくねにハツ。ねぎま、ぼんじり、皮。
自信のあるものしかお品書きには書いていない。どれを食べても舌が蕩ける美味しさだ。
先にやってきたポテトサラダをゆっくりと食べながら到着を待つことにしよう。
〇
楽しい時間はあっという間に過ぎていく。
閉店時間が迫り、会計のために席を立った。
最後までカウンターにしか客は来なかった。それも片手で数えるほどである。
こんな状況で店をやっていけるのか不安になる。ここはお気に入りの店だから長く続けてほしいのだが。
「今日もありがとね」
「いえ、こちらこそ。いつも美味しい物をありがとうございます。それにしてもーー」
言葉を出そうとして、やめた。
寂しいものですね。なんて言ってしまうのはダメだろう。それでは責めているようではないか。
「なにか?」
「なんでもないです」
「分かってる。頑張って盛り上げようとしても、やっぱり人が来ないと寂しいよね。少し前まではここがメインストリートで、多くの人で賑わってたのに時代の流れで端っこに追いやられてしまったよ」
「お店。たくさん並んでたんですよね」
「そうそう。それこそ、外に出れば人の波。店に入れば毎日満員。なんてこともザラだったね。あの頃は人もお金も湯水のように使われたものさ。もっと上へ。そうやってのし上がった人たちが、今のこの国を回してるんだろう」
お釣りを渡される。
領収を頼んで書いてもらう。いつものことなので名前を聞かずともさらさらと書いてくれる。
「この店も、いつまでもつか」
「長くしてくださいよ」
「あの子と同じことを言うけど、やっぱり回せてないとね。大変なんだよ」
「そう、ですよね」
「それじゃあね」
「ご馳走様でした」
外に出ると冷たい風が頬を撫でる。
この寒風は、飲食店にも吹いているのだろう。入れ替わりの激しい業界であることは、潰れては新規ができることでよく知っている。
俺がここに暮らし始めて、いくつもの店が畳まれたことか。
「寒いなぁ」
体温だけでなく懐も寒くなっている時代だ。外食する人もだんだんと減っているのだろう。
俺だってこうして食べに出られるのも週に一・二回程度で、悪い時は月に一回だ。
知らず知らずになくなっていたら嫌だなと思いながらポケットに手を突っ込む。
「すいません!!」
元気のいい声に振り返れば、スマホを片手に持った新人くんが俺を追いかけてきた。提灯を背にしながら掲げているそれは見覚えのあるスマホだなと思いバックに手を入れる。
入って、ない?
「忘れ物ですよね?」
「ああ。ありがとう」
「また来てください。今度は、僕の焼いた焼き鳥を食べてもらいますから!」
胸の前で拳を握り、ふんすと勢いよく宣言する。
未来に向かって努力する若者は眩しいな。
「分かった。食べさせてもらうためにまた来るよ」
笑みを浮かべ、もう一度ありがとうと礼を言ってから背を向けた。
新人くんのような若人が目標を達成できる環境作りができればいいと思う。俺の仕事は直接的な関係はないが、道の先に繋がるものはきっとあるはずだ。
「明日も仕事頑張ろう」
元気をもらい。明日に向けて歩き出す。
心の拠り所となる店はいつまでも残っていてほしいものだ。
【KAC焼き鳥】路地裏の焼き鳥屋 風瑠璃 @kazaruri
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