裏側の世界(紅露組)

 とある屋敷、格式高い和風の部屋『真』の間にて、一人の荘厳さ溢れる男が憂愁感じさせる表情で外を見つめていた。

 彼の名は紅露 天満こうろ てんまん。日本を裏から牛耳る暴力団【紅露組】の組長である。


 紅露は世間的には見れば、悪人に属する人間である。が、彼にとっては善である。より表社会を善くする為に他の暴力団に牽制や圧力を掛け、金を回す為に人身売買やクスリ、外国との繋がりを保つ為にありとあらゆる悪行を行った。

 故に、沢山の人々に憎まれ、呪われ、殺されそうになった。それでも、彼は止まらなかった。

 全ては彼の理想の世界の為に。

 全ては日本社会を善くする為。

 その為ならば、彼は二人を除いて全てを捨てられた。


 そのような残虐性と冷酷性を持つ理想主義者たる紅露が何故、憂いを灯しているのかというと……



「組長!警察庁長官がお越ししました。通しても宜しいでしょうか?」

「構わない。連れてこい」

「はっ!」



 芯のある落ち着いた声。紅露に合った覇者の聲だった。


 彼は襖を見る事なく、答えた。

 真理、もといリズと同じように王たる器を持つ人間である紅露。もしリズが彼と会ったなら、良くも悪くもいい関係が築けそうだ。

 王としてのタイプは違う。紅露は暴君系統の帝王、リズは始皇帝タイプの魔王。似ているようで異なった王なのだ。説明すると、紅露は初代に成れず、力と恐怖で国を守る王。リズは始まりに成れるが、国を守らず他国に攻めに行く王。

 どちらも力を以って統べるが、内か外に趣向が向くか。新しいを作れるかが違う。


 それはさておき、警察庁長官が入ってきたようだ。



「紅露ちゃん、オッス!」

「本当に君は軽いな」

「ぼくは軽さが命だからね♪」

「こんなのが警察庁のトップなのは笑えないな」



 イケおじっぽい顔とスーツを着こなした軽い挨拶をした男。この男こそが実力のみで警察庁長官に上り詰めた天才、青木 正義あおき まさよしである。

 こんなのがトップでいいのか?と思うが、分別ができる男なので、仕事はたまにダラけるぐらいで誠実?ではある。


 しかし、警察官にあるまじき行為を行なっている。真っ当な警察官が暴力団の敷居、それも組長の所に来る事自体がおかしい。

 警察庁長官がやって来る事はそれだけ紅露組の権威が強い証明なのだが、この男の場合は媚びではなく好きで来ている。


 少し駄弁っていると、紅露が本題を投げ掛ける。



「最近、ウチの組員や【進藤組】の若頭や組員、【アルファルカファミリー】の端くれ共、ならずものどもが殺されている。それも残忍に、だ。他にも一般市民にも影響が出てきている。青木、なんか知っているか?」

「アルファルカファミリー、ロシアのマフィアね。……待って、ぼく知らないよ、そんな事!え?マフィアがなんで極東の島国に乗り込んできているの?!意味なくね!?」



 青木が驚くのも無理はない。

 マフィアは数十年前までは衰退していたが、近年はイタリアやアメリカ、ロシアで急速に勢力を伸ばしている。だが、まだ全盛期に至るまでの力はなく、他国に力を伸ばす前に自国で強固な地盤を築く事が日本では予想されていた。


 その予想を覆し、日本に進出して来たアルファルカファミリー、ロシアのマフィア。

 何か恐ろしい事が起こるのではないかと、青木は強く不安を覚えた。口調はそうは見えないが。言ってしまえば、表情も変わっていない。本当に不安があるのか表面上はわからないが、奥底では感じているのは確かである。


 そして、青木は重要な事に気付いた。



「待てよ、殺されている?」

「ああ」

「……マジでやべぇんじゃね」

「ああ」

「……」



 青木は元から色が白かった肌をいっそう蒼白とさせ、これから来る面倒事に嫌悪した。


 マフィアの端くれとはいえ、れっきとした犯罪組織の組員だ。上層部も、組員に連絡が取れなくなったら、確認の為に人を派遣するかもしれない。その影響で裏社会のバランスが崩れるかもしれない。

 全てが予測だが、上に立つ者として最悪を考えて動かなければならない。


 更に言って仕舞えば、他の暴力団や一般市民も殺されている。残虐で残忍に、無慈悲に。同じような手口で北海道から沖縄まで被害が出ている。素直にその殺人鬼が怖いと青木は感じている。

 同じ人であるのはわかっている。だが、全く証拠が残っていないのだ。

 こんな事は今まで一度もないと青木は考えたが、直ぐに否定する。



「紅露、実を言うとな、こういった事件は十年に一度くらいで起きているんだ」

「なにッ!?」

「何もわからない。どうしようもぼくたちには解決する事が出来ないような事件があるんだ。

 ぼくたちはその事を『怪異』と呼んでいる。警察がこんな事言うのはおかしいだろうが、この世にはぼくたちには解く事が出来ないモノがあるんだ」

「……そう、か」



 紅露は煙草を取り出し、煙を深く吸う。

 その姿はなかなか様になっていた。

 しかし、青木はそんな姿に酷く哀しみを覚えた。このまま紅露が、親友が消えて無くなってしまうような気がしてしまった。


 青木は反射的に紅露に一つの道標を、光を与えた。



「ぼくから、なんか探ってみるよ。……ぼくに解けないモノなんてないからね!だから……紅露ちゃんも諦めないで。

 紅露ちゃんはお母さんの願いを、瑞樹さんの想いを、天音ちゃんを守りたいんでしょ。なら、最後までファイトだぜ!」



 薄っぺらい、証拠も定理も何もないただのエール。それでも、紅露の心にスッと入っていた。



「……正義、そんな事言えたんだな」

「酷いな〜、ぼくだって人の心はあるよ」

「なんだその顔は、ハハハッ!」

「紅露ちゃんには言われたくないね!!」

「ハハハッ!!」



 ウヘェと苦虫を噛んだような顔をした青木に紅露は爆笑した。その声は高らかに、清々しく猛々しい漢の声だった。


 願わくば、この優しい静かな世界が続く事を祈って紅露は笑った。

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