2章 紡ぎ織り成す死合

第17話 晩餐会

 夏休みが残り一週間と一日なったこの日。

 私は家族との夕食を楽しむ為にリビングにいた。



「真理は宿題終わってる?」



 姉さんが首を傾げながら、可愛く聞いてきた。

 宿題なら初めの方に終わらせてある。



「(愚)兄さんとは違ってぇ、終わってるよぉ」

「なんか兄さんの前に僕を貶す言葉が聞こえたんですけど」

「気のせいだよぉ。愚兄なんか言ってないよぉ」

「こいつ!確信犯だ」



 姉さんとの楽しい会話の途中で、兄さんが口を挟んできたので、煽ってみた。

 あまり、私は煽った経験が少ないので、上手くいくか分からなかったが、馬鹿なのが助かって上手くいった。

 気持い良いものだな。



「祈里も真理もストップよ。祈里は早く宿題を終わらせる。真理も煽るのはやめるのよ」

「「はーい」」



 兄さんと怒られるのは心底不快だが、姉さんの忠告ならば私は絶対聞く。

 あの日から、私は誓ったんだ。

 家族の幸せの為に、家族の笑顔の為に......私は私を隠し続けて、生き続ける。 

 私が現実で欲望を解き放たずとも、家族の幸せを見られれば、それは私にとっての幸せであるから。

 これは、私が選んだ道だ。貴方とは違う道を私は歩みます。


*****


「「「「「いただきます(ぅ)」」」」」

「おお、おいしそうだ。流石は俺の嫁だな」

「あらあら。貴方ったら」



 食材への感謝を告げる祝詞を唱えると、すぐに大柄なダンディな男とゆるふわ系お姉さんが桃色空間を形成した。とても鬱陶しい。

 彼らは我が両親だ。

 ダンディな男、もとい父さんの名前は人形 健司ひとかた けんじ

 黒髪で珍しい紫の瞳を持っている。其れ故、姉と兄は紫の瞳である。

 今年で48歳の放送記者だ。日本以外にも世界中を飛び回っている売れっ子(?)記者だが、今は自宅にいる。

 昔から言われていたが、VRが発達すると、仕事に行かなくてもVRで片づけられると言っていた。しかし、そんなことはなかった。

 『DEL』だけが例外で、まだVRは発展途上だ。故に、父さんはVRではなく現実で働いている。

 ゆるふわ系お姉さん、母さんの名前は人形 麻安沙ひとかた まあさ

 私と同じ茶髪のセミロング、茶色の瞳である。今年で39歳のアナウンサーである。

 年齢不詳である。見た目が20代前半、大学生にしか見えない。不思議である。


 今日の夕食はハンバーグ定食だ。

 フォークで刺して、ナイフで切り分けて口に運ぶ。

 咀嚼すると、肉汁が口の中に広がると共に、肉のうま味が波の如く押し寄せてくる。

 嗚呼、美味だ。......しかし、人の肉をハンバーグにして食べたい。

 私は基本的にあの世界ゲームでは、焼いただけで食べている。こうして考えてみると、実に勿体ない。



「そういえば、真理。イベントどうする?」

「んへぇ?......出たほうがいいぃ?」

「僕としては出て欲しいし、あっちで会いたいし」

「私も会いたいわ」

「ゲームかい。父さんは最近やってないな。どんなイベントなのかな?」

「公式PVPイベント。《始まりを告げプリミティブる武闘会・カムファタイ》だったはず」

「へえ、頑張ってね」



 う~ん。私がやってることを知られたくないんだよな。

 いっその事、PKプレイヤーっていうことだけを明かそうか。

 私は高校で探求部に所属している。

 探求部は部員がそれぞれの興味を持ったことについて永遠と追究していく部活だ。私は犯罪と感情の関りについて探求している。

 部活ためにPKをしていると言って、PKプレイヤーと関係を持っているって見られると姉さんたちに不利益が被るとでも言って参加しないようにしようか。



「私ぃ、PKプレイヤーなんだよねぇ」

「「えっ!?」」

「だから、参加したくないんだよねぇ」

「......そうなのね。どうして、PKをしているの?」

「部活だねぇ(大嘘)。姉さんたちに悪い噂が流れるのは嫌だからねぇ、会わないほうがいいねぇ」

「そう」

「僕としては出て欲しいかな。顔は見せに来なくていいから、出てよ。お願い(目うるうる)」



 うっ、その目は反則だな。

 あー、どうするか。私は出たくはないが、兄さんたちは出て欲しい。

 ......ふぅ。もう、決まっていたことだな。

 私は私個人の意見よりも私の家族の方を優先する。あの日から誓ったじゃないか。忘れたとは言わせないぞ、人形 真理。



「うーん、しょうがないなぁ。出るよぉ」

「やったー!真理のことを絶対見つけ出すよ!」

「それはダメって言ってるのになぁ。まぁ、探せないだろうけど」

「なんで?」

「教えない。ご馳走様でしたぁ」

「お粗末様、早く寝るんだよ」

「分かってるよぉ、ばいばい」

「おいっ!教えろって」



 兄さんの声が聞こえてきたが、無視して何もない部屋へと向かって行った。

 胸がズキッと鳴いたが、それも無視した。

 私はこの生き方を変えることができないから。私がどれだけ傷ついたとしても、家族に害が齎せられないなら、それは良いことだ。

 現実では自分の欲望に蓋をして生きる、仮想では自分の欲望を解き放って生きる。

 嗚呼、なんて惨めなのか。

 だが、それが私だ。


*****

真理が去った後の食卓


 真理が去った後、空気が変わった。

 まるで、お通夜のようだ。



「やっぱり、あの娘。なんであんな事件に巻き込まれてしまったの」



 麻安沙が後悔と憐憫を滲ませた声で呟く。



「おかしいのは知ってる。それでも俺たちの子供だ。真理が俺たちに本音をぶつけるまで待つんだ......でも、辛いんだよ。どうすればいいんだッ」



 健司が達観した目つきをするが、すぐに崩れた。苦痛と悲壮に暮れた声を吐く。



「なんで、なんで、どうして。あの日から真理と喋っている気がしないのよ。......うぐっ、ひぐっ。何時になったら貴女と喋れるの」



 心望が涙ぐみながら、願いを告げる。



「......」



 祈里が目から大粒の涙を垂らし、真理の部屋を見る。すぐに目を背ける。まるで、ケガを負って死間近の獣を見ているだった。


 それぞれが一言発すると、食事に戻って行った。

 皿にフォークとナイフがぶつかる音が空しく響いていった。





 





 真理が巻き込まれた事件、被害者数30名。生存者は真理を含めて4人。

 だが、1人は精神が崩壊して人間植物状態。

    1人は今も狂ったように笑い、隔離されている。

    1人は助けられた後、自ら命を絶った。

    最後の1人、人形 真理は性格が変わったものの、元気に暮らしている。


 そう、おかしいのだ。

 真理以外は悲惨な結末を遂げているというのに、真理だけは普通に生きているのだ。

 それが異常なのだ。


 そして、事件があった事は知らされているのに、事件の内容までは保護者にも伝えられていない。

 教えてもらおうとしても、『貴方たちはまだ知るべきではない』と一点張りである。


 真理の家族は悍ましさを感じた。

 どんな事件であろうとも、関係者には事件の内容は教えてもらうはずだ。しかし、教えてもらえない+意味不明なことを言われる。

 さらに、このような恐ろしい事件なのに、関係者以外覚えていないのだ。


 故に、彼らは真理が真相を伝えるまで普通で居ることにした。




 それが正解かどうかは誰も......あいつ以外いない。

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