第9話 悪の華

 ゲームを辞めて、ベットから起き上がる。


 あっ、装備を確認するの忘れた。

 次の機会に見ようか。


 周りを見渡すと必要最低限のものしか置いてない灰色の部屋が見えた。

 ここが私の部屋。六年間も誰一人入らせたことのない私のためだけの聖域。

 六年前は女の子した趣味だったがすべて捨てた。私には似合うはずがないから。


 廊下に出ると、姉がいた。



「真理、ゲームはどうだったかしら?」

「んー、たのしかったよぉ。姉さんはぁ?」

「私も楽しかったわ。『DEL』で会えるかな?」

「無理だよぉ。じゃぁねぇ」

「どういうこと?」



 私の姉、人形 心望ひとかた ここみ

 檳榔子黒の髪をポニーテールに束ねている。顔はきりっとしているため美人さんだ。

 身長も高く、167cmぐらいはあるのではないだろうか。さらに言うと、隠れ巨乳だ。

 私と同じ高校の三年生だ。私は一年である。

 姉は正義感が強く、気配りが上手な姉だ。我が姉は素晴らしいのだ。

 さらに、副生徒会長も務めている。

 私たち三姉妹の中では『努力』を司っていると、クラスメートが言っていた。

 私は『天才』と言っていたな。努力とは無縁ぽっそうとかほざいていたな。


 姉には私のやっていること知ってほしくないので逃げた。

 私が現実で人を襲わなかったのは家族の存在があったから。

 私には勿体ないくらいいい人しかいないこの家族に迷惑を掛けたくないから。

 だから、現実ではこの口調だ。緩くて何を考えているかわからない不思議ちゃんをなりきっている。

 そうしないと、私は私を嫌いになる。


 リビングに到着すると、少し高級なソファーに蹲っている少女がいた。

 正確に言うと、少女ではなく男なのだが。所謂、男の娘というやつだ。

 そう、これは私の兄だ。人形 祈里ひとかた いのりという。

 背が低く、155cmぐらいだろうか。濡羽色の髪をロングにしている。

 気弱なくせに自分の美貌に絶対的自信があるナルシスト。......どっかからお前もだろ!って聞こえたが気のせいだろう。

 こいつも同じ高校に入っている。

 愚兄がこちらを見て、目をうるうるさせている。

 初見だと構ってあげたくなるだろう。が、こいつは男だ。ほとんどの女性がやらなそうなことを平気でする。ようは、私の兄はかまちょでぶりっ子なのだ。


 見ていて反吐が出るので退却することにした。



「いやちょっと待てぇい!!この状態を見てなんとも思わないのか!人としてダメなのじゃないのかなぁぁあ!!!」



 かまってちゃん発動なう。

 別にそんな大きな声出さなくともいいだろう。

 後、私は人でなしだから、人としてダメと言われてもな。知ってるしか言えないんだよな。

 きゃんきゃんうるさいし。なんでこんな高い声を出せるのだろう。変声期が来ていないのだろうか。

 構ってあげないといけないのか。面倒だ。



「はぁ~あっ、どうしてうなだれていたんですかぁ(棒読み)?」

「なんか凄い棒読みで言われたんですけど。まあいいや。それでなんだと思う?」

「っちぃっ。わたしにはわかりませんねぇ(棒読み)」

「なんか舌打ちされたんですけど。僕はそんな風に育てた覚えはありませんッ!」



 このようにこいつは人をイライラさせる才能がある。

 しかし、ほとんどの人はかわいいと勘違いをする。本当に意味わからない。


 あっ、こいつはクラスメートから三姉妹の中で『運勢』を司っているって言っていたな。

 運とかは嫌いだからな。結局は自分の力、能力でこの世は決まる。

 愚兄は顔はいいからな。これも能力だろう。運なんかで決まるのは物語かゲームの中だけの話だろう。



「どうでもいいからぁ。教えてよぉ?」

「ふふん。ヒントをくれてやろう」

「話聞けよ、愚兄」

「なんか言ったかな。気のせいかな。ヒント1、僕のプレイヤーネームはルシア」



 ルシア?どっかで聞いたことがあるような?

 あっ、ワールドアナウンスか。

 森の中を探索していた時にいきなり聞こえてきてびっくりした覚えがあるな。

 確か、

[【銀麗の翼】ルシアと【古の剣士】桜花により、【UIM】の三角鎧熊トライアロガンタスが討伐されました]

 だったか?



「【UIM】の討伐かなぁ?」

「な、何故わかった!威張りたかったのに~」

「本音が出ているよぉ」

「はっ、今のはなかったことでお願いします!」

「まぁいいけどぉ。上手く隠さないとやっていけないよぉ」



 私みたいに。

 バレたら破滅だからな。

 なんとしてでも、この欲望は隠し通さなければならない。

 私は死にたくないし、私を育ててくれた父さんや母さん、カッコいい姉さん、イライラするけど楽しい兄さんに迷惑を掛けたくない。

 だから、あの世界ゲームで欲望を悪意を狂気を満たさなければならない。

 人の皮を被って生きていくことしかできない醜い私を見てほしくないから。

 私の持つありとあらゆる才能を使ってこの世界を生き抜かなきゃいけないんだ。



「んじゃねぇ。もしあっちで会えたらいいねぇ」

「うん。プレイヤーネームは何?」

「お☆し☆え☆な☆い」

「会う気ゼロじゃん」

「くひひ。ばいばい」

「じゃね~」



 兄さんと別れた、私の聖域マイルームに戻ってきた。

 必要最低限のものしかない部屋。私みたいだなと、皮肉気に嗤った。


 勉強机に向かい、一つの写真を手に取った。

 小学生の集合写真だ。

 みんなが笑顔で悪意の”あ”の字も知らない子だった。

 私も自分の欲望、狂気に気づかなかった。あの事件さえなければ、気づくことなどなかったはず

なのだ。

 写真の裏側を見ると、変わらず集合写真が貼ってある。

 だが、一つだけ違うことがある。

 天真爛漫だった笑顔が奸佞邪智もしくは傲岸不遜、冷酷無慈悲な笑顔に変化していた。

 私の顔は狂悖暴戻かつ欲望や悪意、狂気、この世の淀みを全て集めた邪悪な笑みを浮かべていた。

 この写真に写っている児童の中で最も美しく悪の華が咲いていた。


 私は■■■■■から【狂気の神子】と呼ばれ大切にされた。


 この記憶は忌まわしい。しかし、愛おしくもある。

 もう、私はとっくの昔に狂って壊れている。

 そうでなければ、あの時に戻りたいなんて思うはずがないのだから。


 もう狂っている事しか能にない化け物だから。

 せめて、現実ではバレないようにしなければならない。表向きは優しくミステリアスな雰囲気を出す少女。しかし、心の中で一人で狂って悪の華を咲かす。そうしなければならない。

 だって、私は家族に嫌われたくないから。

 唯一残る私の良心だから。


 さあ、狂いに行こう、私。

 一人哀しく悪の華を咲かしに行こう。

 狂った欲望という肥料をあげよう。

 人の血肉という水をあげよう。

 大きく、禍々しく、邪悪に育て。

 誰にも邪魔されずに育て。

 さあ、咲き誇れ、悪の華ひとかた まり



『DIVE IN』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る