とある女の失恋後…

兎緑夕季

焼き鳥でする話?

『ねえ、彼氏とはいつ結婚するの?』

「母さん、アイツとは…」

それ以上の言葉は出てこなかった。

10年付き合った彼は別の女の所に行ってしまった。

それも私の親友だ。

いや、親友だと思っていた女。

彼女とは中学からずっと一緒だった。

就職先は違ったが、それでもよく遊びに行った。なんでも相談できる相手。

サバサバした私とは違って、ゆるふわで癒し系の彼女。

いかにも守ってあげなければと思わせるほど繊細で弱弱しい印象を受けた。

だが、今思えばすべて彼女の計算だったのかもしれない。


だって、繊細な人間が人の男をとるか?

取るわけないわよね!


そういえば、あの女、中学の時もか弱い振りして、めんどくさい先生からの頼まれ事を押し付けてきていた気がする。


いいように使われていたのか…

ああ~!どうしてもっと早く気付かないの!

私のバカ!


『エミリ!ちょっと聞いてる?』

「母さん、アイツとは別れたのよ」

『えっ!どうして?何かやったの?』

「どうして、私がやったことになるのよ!」

『ごめん。でも本当にどうして?』

「アイツ、シオリとデキちゃったのよ」

『シオリ?それってアンタの友達の?』

「そうよ。だから分かった!もうその話やめてよ」

『なんて男なの!信じられない!』

スマホの向こうで母の憤慨した声が聞こえてくる。

私よりも怒り狂っているのが分かった。

『その女も最悪ね。ありえないわ』

「でしょう?」

『そんな奴らとは縁を切っちゃいなさい』

「もう、切ってるわ」

『あら、そう。じゃあ、アンタもマッチングアプリとかやったら?』

「もう、気が早いよ。私、失恋したばっかりなのよ」

『こういうのは早い方がいいのよ。母さんもいい人と出会ったのよ』

「はいはい。それ何度も聞いたわ」


「ご注文のつくねと塩皮、ハートです」

「ありがとう」

エミリは若い男にお礼を言った。

『ちょっと今どこにいるの?』

「焼き鳥屋…」

『それって駅前の?』

「他にどこがあるのよ」

『そっちこそ、失恋後に食べる物じゃないわよね』

「ほっといてよ。お腹がすいたの」

『なんだ。元気そうじゃない』

母の明るい笑い声が流れてくる。

「そういうわけだから。もう切るね」

通話の切れた事を確認して、スマホを鞄に戻す。

目の前にあった、ビールを勢いよく飲み干す。

思っていた以上に喉が渇いていたらしい。

ハートを口に放り込めば、コリコリとした触感が広がっていく。

「う~ん。美味しい」


あんな奴らの事なんて忘れてやる!


「すみません。モモと砂肝とネギ間も追加で!」

エミリの高らかな声が小さな焼き鳥屋に響いた。

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とある女の失恋後… 兎緑夕季 @tomiyuki

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