願いの暴力

 私は孤独で虚弱な嫌われ者。

 出会うすべての人間に嫌われ、生まれた時からの病気も悪化する一方。

 誰からも助けられず、孤独で辛い日々を生きていた。


 ある日、空から光が私のもとへ舞い降りてくる。光はチャンスと名乗った。


「何でも、君の願いを叶えてあげるよ」


 そう語りかけた後、光は空へ姿を消していった。


 願いって何だろう。

 私には叶えたい願いが思いつかない。

 私の願いが叶ったら、私を嫌う他のすべての人間に迷惑をかけてしまう。

 あるいは私の願いと衝突して、他の願いが叶わなくなるかもしれない。

 私がどう願っても、他の人間を幸せにすることはできないだろう。

 私が死んでも、他の人間は知らん顔だろう。


 何日か経ち、空から光が私のもとへ再び舞い降りてくる。

 光に願いを聞かれて、私は答えた。


「私の願いはありません。私はただ、私以外の他の願いが叶うことを願います」


 願いを聞いた光は頷き、また空へ戻った。



 すべての生き物の願いが叶えられた、その日。


 世界人口の約三分の二が突然何の理由もなく死亡する事件が、世界各地で発生した。

 一見不可解な出来事だが、生き残った人間たちの一部は、この事件を待ち侘びていたかのように歓喜の声を上げた。


 歓喜の声を上げる者たちの「他の人間を傷つける、あるいは殺す」という一方的な願いが叶ったのだ。


 普通なら自分勝手な願いは、他の願いと衝突して矛盾するため叶えられることはないとされる。

 しかし、何も願いを持たなかった人びとは、一部の自分勝手な人びとが自分勝手な願いを叶えるための犠牲になってしまった。



 誰かを傷つけたい者たちの願いで何百万人もが傷つけられ、誰かをを殺したい者たちの願いで何億人もが殺された。


 そして、憎い誰かをこの世から永遠に消し去りたい者たちの願いで、何十万人もがすべての人間の記憶や記録からも完全に忘れ去られた。


 そのお陰で、誰かが憎くて仕方なかった人びとは誰かを憎んでいた事実も完全に忘れ、気分良く一日を過ごせるようになった。


 それでも、事件を起こした者たちの考えは根本から変わることはなかった。







 何の願いを持たない者は、他のおびただしい数の願いの暴力に殺される。

 死にたくなければ、他の願いに負けないぐらい強い願いを持て。

「生きたい」という願いだけで、それは立派な強い願いになり、あなたを守る大きな力となる。

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