コイン屋敷の大掃除

 そのお金持ちは大きなお城を持っていた。しかし、それ以上に、そのお城にも収まりきらないほどたくさんのコインの山が、お城の広い庭もその海に沈むように、あふれかえっていた。


 高い城壁や窓、周りの堀からもこぼれるほどのコインの山はほとんど減ることなく、そのお金持ちは亡くなってしまった。


 持ち主のいないこのお城に残されたのは、天井近くまで届く大きなコインの山とその中に埋もれた数々の家具、そして、お金持ちが面倒を見ていた孫の赤ちゃんだけ。



 赤ちゃんは、まだ一歳にも満たない小さな女の子。生まれたばかりで何もかもが初めてな彼女にとって、自分の下に広がるコインの山は、黄色くキラキラしたボールプールのような、楽しく面白い場所だった。


 彼女は小さな手足を動かして、コインの山を這いのぼる。コインを手で触ると一つ一つが冷たく硬く、きれいな形の大きな砂粒のようだった。


 やがて山の頂上までたどりつくと、彼女はお腹が空いて、足元のコインを口に入れた。やっぱりコインは硬すぎて食べられない。彼女は口から取り出し、宙へ放り投げた。コインが他のコインとぶつかり合い、ふもとのほう でチャリン、と高い音が響く。



 その頃、お金持ちのお城に、大きな体の野獣が向かっていた。彼は、村の人びとから食べ物や子どものおもちゃを奪って荒らしまわるので、教養のない下品な大盗賊として非常に恐れられていた。


「あの大きなお城に行けば、普通の家を何軒も回るよりも良いものがたくさんあるだろう」


 お城に近づくにつれ、堀からは金色の砂粒が地面にこぼれているのが見えてきた。


「ここは、砂漠のお城か?」


 お城の門は閉まっていたが、高い城壁からも砂粒がこぼれており、野獣は砂の山をのぼって城壁を越えた。このお城には誰も住んでいないようだ。辺りに人がいないことを確認し、野獣は城内へ侵入する。


 しかし、お城の内部も大量の砂粒に埋もれており、ドアが隠れていて行き止まりになっていた。


「これじゃ、いくら良いものがあってもキリがないぜ」


 野獣が途方に暮れた時、壁を隔てて赤ちゃんの泣き声が聞こえてくる。方向的には、隣の部屋からなのだろう。


「なぜ、こんな砂まみれの場所に子どもが?」


 野獣は一旦廊下を出て、声がするほうの隣の大部屋へ駆けつける。大部屋の砂の山はさらに大きく、野獣自身の体重で崩壊しないよう慎重に進む必要があった。


 山をのぼっていくと、てっぺんには一人の小さな赤ちゃんが座って泣き叫ぶ姿が見えた。


「今、助けてやるからな! 動くなよ!」


 野獣はある程度の高さまでたどりつくと、背伸びをして赤ちゃんの身体を自身の筋骨隆々とした腕に抱き寄せる。後は足元に注意しながら砂の山を降り切り、屋外へ脱出する。


「そういや、腹が空いてるんだよな」


 安全な場所に移動した後も、彼女は泣きつづけていた。野獣は農家から盗んだミルクを、彼女に与えてあげる。


 ようやく彼女は落ち着いて、差し出されたミルクをあっという間に全部飲み干した。今度は眠たげにうっとりと微笑んだかと思うと、野獣の腕に包まれる中でまぶたを閉じた。


 こうして無事に救助が完了したが、野獣はそのまま家には帰らず、もう少しの間だけこのお城を探索することにした。


 すやすや眠る赤ちゃんを背負いつつ、別の方角の場所から別の部屋へ入る、を何回も繰り返した。しかしどの部屋も、本棚さえ埋もれるほどの砂の海で満たされ、次の部屋に繋がるドアを見つけることもできない。


 部屋をまわったり砂の山をのぼったりで、流石に野獣も疲れてきて、今日のところはこのお城に寝泊まりしていくことにした。盗んだ品や道具で寝床を作り、赤ちゃんには暖かい毛布をかけてやり、隣で一緒に添い寝するのだった。


 ひょんなことから彼女の面倒を見ることになった野獣だが、大盗賊としてもお城の宝を手に入れる夢も諦められなかった。日中は彼女の面倒に振り回されつつ、彼女が眠っている間は砂の山をシャベルでお城の外へ掃き出す仕事を毎日コツコツと積み重ねた。


 彼女と一緒に過ごす中で、その元気な泣き声はうるさくも聞こえ、励ましにも聞こえた。力仕事で疲れた時は、彼女の愛らしい仕草と声に力をもらい、明日の仕事も頑張ることができた。



 しばらく野獣が村に来ない日がつづき、心配した村の人びとは野獣の家を訪ねたが、中には誰もいなかった。


 村の周辺で人びとが野獣を探し回っている中、村人の一人から、お金の海を発見したという報告があった。


 村の人びとが向かったその場所には確かに、山ほどある量のコインが、中の大きなお城を城壁ごと包んでいた。


 お城の窓や入り口からはコインの滝が流れ込み、巨大な砂丘をさらに拡大する。お城の中を侵食するコインの砂漠を、野獣が外へ掃き出していたのだ。


「やったぞ、お金が戻ってきた!」

「ようやく、おいしいごはんが食べられる……」

「これだけあれば、公園や学校も建てられるよ!」


 お金持ちが独占していたたくさんのお金が戻され、村の人びとは大喜びで抱き合った。



 野獣が毎日欠かさずコインを掃きつづけた結果、床も壁も砂漠の砂まみれだったお城の中は、砂の山に足元を取られる心配のない、きれいで安全な空間に片づけられた。掃き出された砂粒は、すべてが山となって城壁のまわりを厚く囲んでいた。


「何日も働いて疲れたし、探索の前にひと休みするとしよう」


 野獣はへとへとになり、コイン一枚ないきれいな床にバタンと倒れ込む。


 しかし、お城の周辺がやけに騒がしく、寝つくまでには至らなかった。ふしぎに思った野獣は起き上がって城壁から飛び降り、金色の砂山に着地する。


 村の人びとは怯えることもなく、心から笑顔で野獣に感謝を述べる。


「私たちのお金を取り戻してくれて、ありがとうございます!」


 ただお城を掃除しただけで村の人びとからこんなに感謝され、野獣はわけがわからなかった。側にいた赤ちゃんも足元に残っていたコインを拾うが、彼女もコインについてよくわからない顔。


 硬く大きな金の砂粒に、大事な物と交換できる価値があることを、彼と彼女は知らなかったのだ。



 コイン屋敷の一件以来、野獣は村に住まわせてもらえるようになり、村の人たちからお金や子育ての知識、農作業を教わっていた。


 野獣が吐き出していた砂の正体は「コイン」というお金の役割をするもので、他の欲しいものと交換できる便利な道具だった。


 無理矢理奪うことをしなくとも、お金を払えば欲しいものが手に入るとわかると、野獣は悪さをしなくなった。以前の大盗賊ぶりとは打って変わって、野獣は毎日 真面目に働くようになった。


 一方、お金持ちの孫の赤ちゃんは、野獣や村の人びとの愛情を受け、心優しい働き者の娘に育った。


 子どものための公園や学校も建設され、野獣と娘は一緒に公園で遊んだり、学校で新しい事を学んだり、楽しい日々を過ごしていた。


 野獣の活躍で、みんなのコインが取り戻されてから、村は豊かに発展を遂げていったのだ。



おわり

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