取り戻せ!校長先生とまぶしい空
真夏のように暑い中、今日もアイは学校へ行っただけだった。本当にただ、それだけだった。
それだけのはずだった。九時すぎにもかかわらず、学校のとびらがすべて鍵がかかっているのである。
その時、あたりはライトをつけないと何も見えないぐらいに真っ暗だった。何も言われないと、星一つない夜だと勘違いするほどに。本当は今は朝なのである。その日は昼も夜のように暗く、一日中真っ暗な日であった。
そして本当に勘違いしないでほしいのは、その日は決して冬至ではないということ。むしろその逆、最初に言ったようにその日は本当に本当にめちゃくちゃ暑い。
じゃあ夏休み中とかお休みの日なんでしょ、と言われるとこれもまったく違う。今は冬でも夏でもないし、そもそもこの日は学校がある日。それも重要な話がある日だ。
じゃあ何なんだ、と思っただろう。朝の九時すぎなのに空は真っ暗で、太陽どころか星一つ見えないのに空気は真夏のように暑い。それなのに夏でもないのかよ。極めつけには今日も学校があるのかよ、と。
そうだ。本当によくわからないだろう。さらにアイは衝撃の出来事に巻き込まれる。
背後に突然、不審な漆黒のローブを見にまとった男が現れた。得体の知れないそいつは、アイの服を引っ張ると、アイを掴んでどこかへ連れ去ろうとした。もちろん、アイは学校で習った通りに大声を出して暴れ、周りに助けを求めるが、アイが暴れれば暴れるほど逆に男はアイを強く引っ張った。
いかなる抵抗も無駄で、結局アイは土手のグラウンドらしき場所に連れて行かれた。そこでは不審な男と同じ服装をした怪しい人々が、大きい真っ黒な布を使って作業をしていた。
あの人々と同じようにお前と働け、と不審な男に命令されるが、当然、アイは反抗した。不審者には負けない、と叫んで再び逃げ出そうと試みたものの、今度も黒い魔法で拘束されてしまい仕方なく働くことに。
怪しい人々の仕事は、巨大な黒い布をひたすら織り続け、布で空をまんべんなく覆いつくすことだった。さっきからすでに空は真っ暗なのに、人々は休まずロボットのように働き続けている。
そこまでやらなくても、もう真っ暗すぎるよ、と流石にアイも思った。しかし人々は、いやまぶしすぎる、目が焼けてしまう、と布を触る手を止めない。
状況を飲み込めないアイは、あなたたちは何者なのかと質問もしたが、人々はやはり忙しそうに、今は話す場合ではない、仕事が遅れれば恒星の熱で地面が焼けてしまう、とアイを強い口調で急かす。
周りに流されて仕方なく、アイもこのよくわからない謎の仕事にようやく勤しむことにした。どこからともなく無限に生み出される黒い布を織りながら、頭の中では、周りの不審な人々の目的と正体が気になっていた。
手を動かし続ける中でふと、自分の手と下半身に目をやると、なんとアイも他の怪しい人々と同じ姿ではないか。
動揺したり疑問に思ったりする間に、黒い布は絶え間なく生まれてくる。切っても切っても髪の毛のように、いや切られた瞬間からすぐ長く伸びる。ただの黒い布ではない、何らかの怪しい物質のようであった。アイは嫌な気配を感じた。
それからしばらく、アイは一時間ほど手を動かしていた。空はこれ以上ないぐらい真っ黒なのに、手を休ませることは許されなかった。
「緊急事態発生、緊急事態発生、全校生徒へお知らせです」
突然、放送が流れたことで、人々はぴたっと手を止めた。状況が掴めず思わず、どういうことなのか、とたずねるアイに対し、校長先生の話だ、よく聞け、と人々の一人が教える。
「最後の一人だけ、まぶしい生徒が目撃されました。全校生徒は、今すぐ捕獲に移ってください」
放送が締められると、すぐに人々はその"まぶしい生徒"を探し始めた。またも状況が掴めずアイが立ち尽くしていると、お前も早く探せ、とやはり急かされるのだった。
一緒に働いていた仲間とともに"まぶしい生徒"を探すこと一時間、アイは久しぶりに自分以外の人間と再会した。自分と同い年ぐらいの、同じ学校に通うであろう、まったく見知らぬ少年と。アイさえも怪しい姿にされた状況の中、町に残っていた人間はこの少年ただ一人だった。
緊張感の強まる中、どういうわけか少年は真っ暗に染まった空を真っ直ぐな視線で見つめていた。
「早くおうちに帰ったほうがいいよ」
アイに声をかけられても、少年はかぶりを振り、黒い空を睨み続ける。
「ほら、空は暗いよ。早く帰ったほうがいいよ」
アイに根気よく説得されても、少年は何か決意しているのか、黙って空を見つめ続ける。
「なぜ早く言わない!」
突然、背後から怒声が聞こえてきた。振り向いてみると、怪しい黒い人々だった。
「ぐずぐずしないで早く捕まえろ、今すぐ!」
最後まで残ったその少年こそ、黒い人々が探し求めていた"まぶしい生徒"だったのだ。しかし、アイにとっては普通の男の子。
「嫌だ! どうして普通の子を捕まえるの!」
アイは毅然と言い放ち、少年を庇うように立ち塞がる。
「普通の子ではない、まぶしい生徒だ! 一人でも生かしておけば、黒い布が燃えてしまう。捕まえろ!」
「やめろ!!!」
少年は大声で叫び、アイの前に立った。
「大好きな学校を、優しい校長先生を、きれいな青い空を、めちゃくちゃにする奴は……絶対に許さない!!」
今、少年の瞳には空の黒か、憤りの感情がこもっているかのようだった。
空。
「……青い空じゃなきゃ、ダメなの?」
黒い人々の一人が言った。
「別に青くなくても良い、赤でも黒でもどんな色だったって良い。みんなの空をめちゃくちゃにするなって言いたかったんだ」
校長先生。
「……優しい校長先生じゃなきゃ、ダメ?」
別の黒い人が言った。
「優しいだけじゃない。厳しい時もあるし、話もすごい長いし。だけど本当はみんなのために頑張る、優しい人」
少年は穏やかな口調で答える。少年の言葉に、殺気立っていた人々も穏やかな言動へ戻っていく。毎日会って話して遊ぶ、いつもの友達のように。
希望の炎なのか、人々の黒いローブが燃え始め、煤となって跡形もなく消えていく。その残骸からやがて、本来の姿の人間が出てくる。アイの見慣れたクラスメイトたちだった。
「あれ、突然、辺りが暗くなったような」
「おかしいな、何でだ?」
最初、クラスメイトたちは周りの状況に困惑していた。黒い人々にとって快適でも、人間の目には暗すぎるのだ。
「黒い人たちが黒い布を織って、それで空をまんべんなく覆って真っ黒にしているの」
「黒……黒は熱を吸収する。暗いのに暑いのは、そういうことか」
アイの説明を聞いて、少年は現在の状況を考察する。
「空を元に戻すには、黒い人たちを止めなければいけない。私たちは今、一人ひとりが、かすかな希望の光。闇を焼き払う太陽の勇者」
アイはそうみんなに呼びかけて、クラスメイト全員で円陣を組む。
「みんなで、青い空を取り戻そう!」
少年の号令とともに、クラスメイト全員が声を合わせて叫ぶ。
「おおおーーーーっ!!!」
土手のグラウンドへ向かうアイたち。少年を探して散らばっていた黒い人々はアイたちの気配に気づくと、すぐに集合し、厳重警戒に当たっていた。そしてアイたちがグラウンドへ到達した時、黒い人々は一斉に攻撃を仕掛けた。
当のアイたちは武器を持っておらず、クラスメイトの中には怯えたりうろたえたりする者もいた。そんな危機の中でも、少年は相変わらず冷静だ。黒い人々の一人に胸を貫かれそうになっても、少年は相手の片手を優しく握る。すると相手のローブに火がつき、瞬く間に煤となって消滅した。燃え尽きたローブの中からまた、クラスメイトが出てきた。
あいつすげえ。アイたち他のクラスメイトは驚いたが、ふとアイの呼びかけの言葉を思い出す。
"私たちは今、一人ひとりが、かすかな希望の光。闇を焼き払う太陽の勇者"
自分の言葉を思い出し、アイはクラスメイト達と共に、黒い人々と握手を始めた。クラスメイト一人ひとりが、黒に染められた友達を元通りにしていく。中には心の大親友同士が再会し、思いきり抱きしめ合う場面もあった。
クラスメイトたちの手の温もりで元に戻った友達は、移された温もりをさらに別の友達に移していく。炎で燃やされ救われ、また炎で燃やし救うが繰り返され、殺伐な黒い人々は本来の優しい子供たちへ戻っていった。真っ黒な空にも、少し火が灯り始めた。
希望の炎と無限の黒の戦いの中、少年は特大の黒い人と対峙する。他の黒い人々が子供ほどの大きさなのに対し、少年の目の前のその人はまさしく黒い巨漢と言っても良い。
少年は黒い巨漢にも手を差し伸べる。しかし巨漢はまぶしさをうっとうしがるように、少年の手を振り払う。巨漢の力は強く、少年は大きく吹き飛ばされてしまう。
一方、アイは黒い人の手を握っていたところだった。アイの温もりで黒いローブは焦げて、中からアイの大事な親友が出てきた。お互い無事に再会できたことに、二人は大喜びで近寄り合い抱きしめ合おうとした。その瞬間、少年が吹き飛ばされるのを二人は目の当たりにした。
大切な友達を放っておけない。二人は急いで、少年の側へ駆け寄った。
「大丈夫?」
親友は少年に寄り添い、声をかける。アイは巨漢に啖呵を切る。
「大切な友達を傷つけるなんて、絶対許さない!」
巨漢の大きな体格にも怯むことなく、毅然と立ち向かう。
「友達の優しさを踏みにじるなんて……絶対に、許さない!!」
巨漢は揺れ動いた。
優しさ。
青い空。
そして、まぶしい笑顔。
アイの真っ直ぐな言葉を聞いて、巨漢は自分の中の大事な言葉を思い出す。
どの言葉も自分で大事にしてきた。それだけでなく、愛する学校の生徒たちにも日々教え伝えてきた。
忘れた優しさをようやく思い出し、そして取り戻した。生徒たち、みんなの優しさと温もりを受けて、巨漢の黒いローブが焼け焦げ煤となって地面に消えていく。残骸から出てきたのは、一人の優しい大人。子供たちの人気者……校長先生だった。
いつもの校長先生に戻り、生徒たちは誰もがみんな安心し、笑顔になった。空はまだ黒いが、その下でも、生徒たちの笑顔は一つ一つまぶしく光り輝いていた。
校長先生は全校生徒に向けて、感謝の言葉を述べる。
「全校生徒のみなさん、本当によくがんばりましたね。たとえ暗闇の中でも、決して希望を忘れず、一人ひとりが力を合わせて巨大な暗闇に立ち向かった。空を見てください。段々と青い空が戻ってきています」
言う通りに空を見上げると、確かに空はまだほとんどが黒いものの、青い部分が広がりつつあった。
「空にある太陽のおかげで、空を覆っていた黒い布が燃えて少しずつ消えていっているのです。でも、みなさんも一人ひとりのまぶしさと温もりで、友達を助けました」
そう話している間にも、黒い布はどんどん燃えていき、元通りの青い空に近づいていった。風も涼しくなり、さわやかな青い空の下という感じだった。
普段はやんちゃな生徒たちも、この時は静かに校長先生の話を聞いていた。
「一人ひとりの力は小さいけれど、みんなで集まれば集まるほど、熱が集まって温かくなり、やがて大きな太陽の力となる。みなさんはみんな一人ひとりが、太陽の子なのです」
生徒たちはお互いの顔を見つめ合った後、空に目を向ける。黒い布の燃える速度が速くなり、明るい太陽が少しずつ姿を現していく。最後の布が完全に燃え尽きた時、空は元の青い色へ戻り、太陽の光が戻った。直接目にするとあまりにまぶしく、生徒たちは反射的に校長先生へ視線を逸らす。
「これからも、明るく、優しく、そして元気に、楽しく過ごしてください」
学校のスローガンも添え、校長先生は話をひと段落させるのだった。
しかし、いつも通りすぐに、話を再開した。校長先生が一度話し始めると、体感で一時間ぐらい時間を持っていかれる。いつもならまだ我慢できるのだが、いやいつも我慢したくないが。今日ばかりは校長先生を救うためにとても疲れたし、何より給食を食べていない。
普段はしっかり者のアイもとうとう我慢できず、体調不良を訴えたほどだった。
「すみません。太陽があまりにまぶしすぎて、気持ち悪くなってきました。もう帰って良いですか?」
青い空とまぶしい太陽の下で、元気な子供たちが小学校に行って楽しく遊べることこそ、かけがえのない日常だよね。
おわり
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