『ある道具部屋の暗がり』 お題:きちんとした仕事 制限時間:30分


 僕はこれまで一度もちゃんとした仕事についたことがない。

 ちゃんとした、というのは、勤め先のことでもあり、勤務時間のことでもあり、仕事の仲間のことでもあるが、兎に角、一度として真っ当な仕事にありつけたことがない。


 僕に許されている仕事というのは大抵の場合、人の気分を酷く害するような行為だ。僕は乗り気でもないのに雇い主には何故だか妙に気に入られていて、いつも呼び立てられることが多い。

 僕以外にだって使えるやつは沢山居るのに、どういう訳か、いつも僕が選ばれる。正直、僕以外のやつの方がもっと格好良いし、強そうだし、見栄えだってするだろうに。


 僕は、僕の仕事があんまり好きではない。

 当然だろう。僕だって一応、誰かの役に立つ為に生まれてきたのだから、それが他人を害するような仕事ばかりに使われていては、存在意義に関わってくる。


 もっと良い仕事がしたい、と思うが、それが雇い主に伝わったことはない。そもそも言葉が通じたこともない。そしてどうやら、仕事仲間の大半はこの仕事を楽しんでいるようだった。

 もっと大きなものを扱ってみたい、とぼやいている奴がいるのも見た。使われるだけ使われて、楽しみきってから解雇されたやつも見た。もう使い物にならなくなっているのに笑っていたから、とうとう気が触れたのかと思ったが、もしかしたらずっと気が触れていたのかもしれない。あまりにも本来の仕事とはかけ離れていたから。


 暗い部屋で眠りにつくとき、自分が生まれてきた意味について考える。

 自分を生み出してくれた人達のことを考える。あの人たちはまさか僕がこんな使われ方をするとは、露程も考えなかっただろう。もしかしたら頭の片隅の方では考えたかもしれないが、想像はついても、きっと意図して排除した筈だ。それが健全な人間というものだから。


 僕の頭の下で、爪とテーブルの間に挟まれた肉が潰れる音がする。雇い主は今日も楽しそうだった。きっと明日も楽しそうだろう。


 椅子に括り付けられた少女は、最初は家に帰して、と泣いていたが、じきに言葉らしきものを発さなくなった。ただ意味を成さない鳴き声の羅列。時折目標を外された僕がテーブルにぶつかる硬質な音。妙に荒い吐息。そうした、妙に鉄臭い、生々しい熱が籠もった狭い部屋で仕事を終えた僕は、なんとも雑に拭われて、道具部屋に戻される。


 隣の鋸が『どうだった?』としつこく聞いてくるので、耳がなくなったフリをして無視した。元から無いので、特にフリでも無かった。


 僕は本当は、犬小屋を作るのに使われてみたかった。倉庫でも家でも無く、犬小屋である。四人家族で、父親は休日DIYにハマっているような普通のおじさんで、活発な妻と、娘と息子が一人ずつ居て、という、僕が考え得る限りの平凡な、もはや過度に理想的すぎて平凡とも言えないような家で、歪な犬小屋を作るのに使われるのが夢だった。

 別に何も立派なものは作らなくて良いから、そういう、真っ当できちんとした仕事がしたい。これを離すと仕事仲間からは気が触れたのかと笑われるので、触れているのはお前らの方だろう、と思いつつも黙って、黙り込んで、静かにしている。


 戻ってきた園芸ばさみがいつまでも喧しいので、バランスを崩したフリをして机から叩き落としておいた。置き方が雑だったので特に苦でもなかった。僕らの雇い主は人間に対しても道具に対しても、平等に扱いが雑である。放り投げるように置いたものがひとつ落ちていたところで、特に気にも留めない。


 騒ぎ立てる園芸ばさみの声を聞き流しながら、僕はそっと、どうか雇い主が捕まりますように、とだけ祈った。


 たとえ押収品の中でじっとしている我楽多になったとしても、少なくとも此処よりは真っ当に責務を果たしていると言えるだろう。


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