炭火焼きの焼き鳥が食べたかった、あの頃
小花ソルト(一話四千字内を標準に執筆中)
第1話 炭火焼きの焼き鳥
今から二十年ほど前、私は学生であった。そして、今の若い子は想像できないだろうが、そこそこの観光地であるにもかかわらずコンビニが一軒もなかった。
観光地と言えば、コンビニが当たり前のように建っているものだろう。しかし私の地元には、遊ぶ場所含め、コンビニがなかった。
おでんの屋台も、外で炭火焼きの芳しさを披露する焼鳥屋もなかった。そういうのは、お祭りか何かでやってくる露店の催し物だった。
炭火焼きの焼き鳥は、窓が開きっぱなしだった居酒屋の店内でしか見たことがなかった。学生の身で居酒屋に入るわけにもいくまい。
日本酒やビールを傍に、カリカリに焼けた皮や、タレで輝くぼんじりを、美味そうに食べる大人たちが、塾帰りの私には羨ましく思えた。
当時、子供の私でも手に入る焼き鳥と言えば、スーパーの冷気に当てられて、冷たくなったお惣菜コーナーに並んでいるヤツだった。私は焼きたてが欲しいのだ。その場で焼いてもらって、その場で渡してもらい、その場で飲み物と一緒に口に含む、あれをやってみたかった。
そこまで恋い焦がれるのならば、車か電車で遠出して、焼鳥屋の屋台がありそうな場所に行けば良いと思うだろう。学生はなかなか忙しく、すぐに目の前の問題に、脳が支配されてしまうから難しい。日々学校内で起きる予想外のゴタゴタや、ただの被害妄想による悪い予感への対処に追われ、焼き鳥のことを思い出すのは、すっかり空も暗くなった塾帰りだった。
それも風呂に入ったら忘れてしまう。明日もまた忙しくなるから。予習復習に、あとは同級生との話題作りのネタ探しなどに余念がなかった。
どうしても食べたい、と言うわけじゃない、だけど焼きたての炭火焼きの焼き鳥が、食べたかった。
そのせいか、食べられなかった頃に出てきたドラマやCMの、美味そうな焼き鳥のシーンだけ覚えている。
自分は食べられないのに、撮影で食ってる役者さんが羨ましかったのかもしれない。焼き鳥が登場する物語というだけで、今でも鮮明に思い出せるほどだった。
そんなことを、たまたま休憩時間に居合わせた新人社員の女の子に話した。
「あたしも県境の山奥出身なんですよね。本当、ここと同じ県内とは思えないほど田舎で、おしゃれな喫茶店や、ケーキ屋さんなんてありませんでした。あるのはお年寄り向けにグツグツと煮込まれた、柔らかい煮物とか、今にも天井が降ってきそうなくらい年季の入ったボロボロの雑貨店兼スーパーとか。ドラマや雑誌撮影の背景に映り込む、パフェとか、ケーキスタンドいっぱいに載ったプチシューとか、すっごくすっごく羨ましかったです。じつは、ここを就職先に選んだのも、おしゃれなお店が近くに多かったからって言う、超絶不純な理由なんですよ。今は、お昼にサーモンクリームパスタ、オレンジと人参ソースのかかったサラダ、いちごたっぷりのスムージー。仕事で疲れた時は、夜遅くまでやっているパンケーキ屋さんで、苦いコーヒーと一緒に、フルーツたっぷりのふわふわ食感を楽しんでいます。仕事がどんなに大変な日でも、子供の頃に地味で変わり映えのしない食生活を送っていたせいか、この後に限定のプリンが待っている、そう思うだけで、めっちゃハッピーになるんですよね。そんな感じですよね、食べたかった食べ物が当たり前のように手に入る生活って」
彼女の仕事の選び方にも驚いたが、彼女が私の頭の中に長年巣食っていたモヤモヤを、非常にわかりやすく解説してくれたのが意外だった。
そうなのだ。
私はこの付近で、チェーン店だが大変美味い居酒屋を見つけた。否、美味い焼鳥屋を見つけたのである。子供の頃、手に入れるすべも、移動方法も、はたまた日常でたった一種類の食べ物のために情熱を燃やす方法も知らなかった、あの頃……あの頃から私の心には、炭火のように、焼き鳥の存在が、憧れが、輝いていたのかもしれない。
現に、今は幸せなのだ。
そして今、こんなところで同志を見つけるとは思わなかった。
食べたかった憧れの食べ物が日常的に手に入る生活に満足し、どんな苦難も平気で乗り越えてしまえる……私たちはどこまでも伸びていくのかもしれないし、案外現状維持に甘んじて、この場にとどまるのかもしれない。
ただ一つだけ確かなのは、ここにいるのが好きなこと。今夜もまた私と彼女は、幼い頃に恋い焦がれた好物を求め、大都会の街をさまようのだろう。
して、パンケーキとやらは美味いのだろうか。まだ見ぬソレに、少し興味が湧いてきた。
炭火焼きの焼き鳥が食べたかった、あの頃 小花ソルト(一話四千字内を標準に執筆中) @kohana-sugar
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