FIRE BIRD STYLE
杜侍音
FIRE BIRD STYLE
昔ながらのレトロな大衆居酒屋と現代モダンの雰囲気が合わさった活気溢れる店内。酒を飲み交わし騒がしい客。煙草と炭火の匂いが混じり合った雰囲気。
「私、ここ好きなんだよね」
目の前にいる先輩はそう呟いた。
彼女が舵を取ればその企画は成功すると言われるほど社内ではかなり評判が高く、社交性もあることから彼女のことを嫌う人はいない。
何より他を寄せ付けないほどに美人だ。耳かけの黒髪ワンレンボブ。容姿端麗な顔つき。たわわと実ったその胸──どれも男の好みを狙い撃ちしているかのようだ。
会社の男、さらには取引先も含めて彼女を嫁に迎えたい、あわよくばワンナイトでもいいからと虎視眈々と狙っている。
「ここの焼き鳥が美味しいんだよ。ほら、後輩くんも食べてみて?」
そんな鳥川先輩と僕は二人きりで焼き鳥屋に来ている。
社会人二年目、高専を卒業して挑んだ冬採用で、おこぼれ内定を貰った僕は、いわゆる会社のお荷物として成り果てていた。
しょうもないミスを連発し、周りが見えていないと毎日上司には怒られてばかり。今年入社した新入社員は優秀な人ばかりで、営業成績ですぐに僕を置いていってしまった。
自信を無くした僕はいつしか窓際へと一人寄りかかり、事務作業をまとめたり仕分けするだけの仕事をしている。
いつクビを切られてもおかしくない。
そんな僕を哀れんでか、今日先輩が飲みに誘ってくれた。鳥川先輩と二人きりで飲みに行った男は社内では誰もいないというが、こんな僕が初めての男でいいのだろうか。
……いや、これは最後の情けなのかもしれない。
鳥川先輩は人事の女性部長と仲が良い。きっと、ちょっとでも良い思い出を経験させてから解雇するに違いない。会社の悪評を広めないためなんだろうな。
「……ずっと下向いてる。焼き鳥、私が全部食べちゃうよ」
「あ、すみません……」
僕はせっかく注文してくださった焼き鳥盛り合わせを食べようと──ん? あれ?
16本の焼き鳥が四皿に分けて来ていたはずなのに、既に2つの空き皿がある。
先輩がもう食べた? いや、そんな素振りは見せなかったし、食べたとしても早すぎる。
不思議に思い、先輩を見ると持ってた──八本全部。
「え、先輩何してるんですか……?」
僕みたいな人間が鳥川先輩に質問していいわけないけども、反射的に口から疑問が出てしまった。
先輩は指と指の間に串を挟んで持ち、腕をクロス。
まるでクナイだ。忍者がクナイを投げる直前に見せるイメージ図だこれ……。
「後輩くん、これはねFIRE BIRD STYLEよ」
「ふぁいやー、は、へ? なんて言いました?」
「FIRE BIRD STYLE──ごめんなさい、私帰国子女だから英語が流暢過ぎて聞こえなかったかしら」
「そういうことじゃないです」
「昔は鍛え上げた末に選ばれ者が使用できたと言い伝えたられてきた封印されし伝説の流派だったんだけどね。私が復活させたの。そう、この姿が
──いきなり何かを語り出した。しかも少し自信ありげだ。
ちょっと何を言っているか分からない。
「あの、先輩。もしかして僕を励まそうとして──」
「……っ⁉︎ 来る!」
「は? え⁉︎」
後ろから突然、焼き鳥が飛んで来た。
僕の頬を掠め、向かいの壁に突き刺さる。頬からはタレのような血がドロッと出てくる。
い、痛い……!
「後輩くん! 早く焼き鳥を!」
「焼き鳥⁉︎ 先輩は何を──」
「見つけたぜぇ〜、
意味が分からないことを言いながら現れたのは、軟骨の焼き鳥を逆手に持った男。
世紀末の格好で蛇のように舌先が分かれているというのに、どうしてか焼き鳥にしか目が行かない……!
「あなたは逆手使いの
名前そのままだった。
というより普段持っている方向を順手というのか?
「あぁ、今夜は
「何ですって⁉︎」
そして、現れる影!
それぞれ使用していた席を立ち上がり、こちらに向かってやってきた!
「あれは! 長串の
「拙者、手元がベトベトするでござる」
あまりにも長過ぎて視界に丸ごと入らない串を持った、和服を着た男。
長過ぎて最後の方食べるのに時間かかるから、タレ垂れてんじゃん。塩にしとけよ。
「ふごごっ! ふごぉ!」
「あぁ! あれは! 三刀流の
両手に焼き鳥。そして、口にも串を咥えた緑髪の男。顔つきは日本人だ。
「ふごぉ! ふごごっ!」
本当に何言ってるか分からない。
話せてないし、それじゃ焼き鳥食べることもできなくないか?
「ほぉ、今日は一段と騒がしいのぉ……」
「なっ……⁉︎ あなたまで⁉︎ 禁忌を破ったジジイ──串外しのレバー
禁忌って……確かに焼き鳥の肉を串から外すか外さないかでSNSとかで揉めてたりするけども。
レバー右衛門と呼ばれた男は、挨拶代わりにいきなり外した肉を投げつけてくる。壁や地面に着弾すると小さな爆発を起こす。あまりの速さでそうなっているんだ……って、さっきからどういうことなんだ⁉︎
あと、食べ物を粗末にし過ぎでは⁉︎
「危ない!」
「ひぃっ‼︎」
僕は鳥川先輩に押し倒されてしまう。憧れの先輩がこんなにも近くにとかなんとか言ってる場合でなく、小次郎の振るった長串が辺りを斬り散らしたのだ。
斬撃上にいれば、間違いなく僕の首が飛ぶ。そうリアルに。
「後輩くん、もっと周りを見て! あなたは何しにここに来たの⁉︎」
鳥川先輩に呼ばれたからなんですけども⁉︎
「あなたも
「いや、ファイヤーバードスタイルも何も今回、初めて知ったんですけど……」
「あなたならできるわ。あなたのタイピング捌き、私は知っている」
「え……」
「その指先の器用さがあれば、焼き鳥八本を同時に操れる!」
僕は高専で学んだプログラミング知識と技術を会社で全く使えずにいた。それがまさか、先輩が知っていてくれて、こんなところで役に立つとは……誰が考えられるんだ。
「さぁ立って。戦いはまだ始まったばかりよ」
鳥川先輩に差し伸べられた手を掴み、僕は立ち上がった。先輩の手はとてもスベスベでタレでベトベトだった。
「戦うって、焼き鳥をこんな危ない使い方をしている人たちとですか⁉︎」
「ええ。それが私のお父さんと約束した大事なことだから」
「いや、知らないですけど」
「それと、ファイアーバードスタイル、ね? さぁ、行くよ!」
最初は寸劇で僕を励まそうとしてくれているのかと思っていたが、焼き鳥は飛び交うし、店は壊れるし、血は流れるしで、どうやらこの状況は
他の客や店員はどうなっているんだと思ったけど、既にあちこちで戦闘が繰り広げられていたみたいだ。騒がしかったのはこれか……。
この後、一晩中僕は先輩に付き合わされた。
何で僕までこんな戦いに巻き込まれなきゃいけないんだ──これは、そう最初は思っていた僕が鳥川先輩と一緒に、焼き鳥界の頂点へと空高く舞い上がるまでの物語である。
FIRE BIRD STYLE 杜侍音 @nekousagi
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