朧守閑話 其ノ五「すれ違いの後に」

夜白祭里

すれ違いの後に

 目の前で繰り広げられる光景に、望はレンゲを手にしたまま固まっていた。

 向かいでは、徹がカルビを摘まんだまま箸を止め、言葉を失っている。

 全国有数の激戦区の鎮守隊を束ねる二人の主座が呆気にとられているテーブルでは、カラン、カランと竹串の音が機械的に響いていた。

「…………ふう……、」

 何度目かわからない溜息を吐き、真樹は悩める乙女の顔でぼんじりを頬張った。

 彼女の右手が左から右へと動くたびに、皿の上に肉だけを綺麗に食い千切られた竹串が転がり、カランコロンと音を立てる。

 本人曰く「定時連絡」から戻ってきてから、ずっとこの調子だ。

 明らかに何かがあったようだが、恐ろしくて何も聞けない。

(……今ので、五十本目くらいですよね……)

 チラリと目で話しかけると、徹は小さく頷いた。

(数えてる限りだと、五十二本目だ……。見落としがあるかもしれんが……)

(そろそろ止めたほうがよくないですか……? いくら葵主座でも、お腹壊しそうなんですけど……)

 テーブルの隅には、空っぽの籠が忘れられたように置かれている。

 一キロほどの唐揚げが乗っていた籠には、絞られずに残ったレモンだけが寂しく残されていた。

(わかっている……! わかっているんだ……! だが……、)

 徹はカルビを口に放り込み、しっかり咀嚼してから呑み込んだ。

(なんというか……、俺には「男にフラれたやけ食い」に見えるんだが……。このまま、気が済むまで食わせてやったほうが良くないか……?)

(最初の勢いはそうでしたけど……)

 戻ってきたばかりの真樹は、泣きそうな顔で籠に残っていた唐揚げを次々に口に放り込み、ジンジャーエールで軽く流し込んでしまった。

 その後、カウンターに走っていったかと思うと、二十本ほどが積み上がった焼き鳥の皿とオレンジジュースを手に戻ってきて、ものの五分で平らげた。

 だが、さらに追加の二十本を食べている間に顔が穏やかになり、カラカラとオレンジジュースの氷を揺らしてみたり、バラ色の溜息をつきながらハツを貪るように食べ始めた。

 そのさらに追加の二十本は物思いに沈みながら、黙々とぼんじりとつくねを食べ続けている。

(なんだか、今は、一人で映画を見ながらひたすらポップコーン食べてるみたいな感じじゃないですか……? とりあえず、手元にあるから食べてるっていうか……)

 いくらか引きながら自分を眺める同僚達の視線に気づかず、真樹はオレンジジュースを一口啜った。

「はあ……、どうしたもんかな……」

 苦しい胸の底から息を吐き出し、皿のねぎまに手を伸ばす。

 その後、妖気が学園だけでなく浅城町全域を揺るがせるまでの間、真樹は竹串の山を築き続けたのだった。


― 閑話 其ノ五「すれ違いの後に」 完 ―

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