第三十二エロ 森の中へ
助態たちは、ガイラの町まで戻り、装備やアイテムを整えた後、森へ入って行き進路を南に取った。
崖の上よりも深い森の方が何となく人間がいそうだという助態の予感によるものだ。
そんなわけでぶららといーげとはガイラの町でお別れした。
「ぶららは一緒に行くとか言ってなかったか?」
元気にばいばーいと手を振るぶららを見つつ、助態が困惑した声を出す。
「だから自由人は嫌なのよ。自分勝手なんだから」
やれやれとくびちが首を左右に振ると、そうでもない。とティーパンが意外な意見を述べた。
「確かに世間一般の自由人の評価は良くない。でもその自由さ故に扱いやすいという一面もある。例えば今の状況を考えてみよう。これから私たちが向かう未踏の地も、自由人ならば未踏の地じゃない可能性がある。そうなると彼らの存在や情報は非情に役立つことになる。実際に私は何度かそうやって行ったことのない場所の情報を自由人から聞いたことがある」
「なるほど……物は考えようってことですね」
助態が納得して、目の前の深い森を見つめる。
入り口付近は陽の光が差し込んでいるが、奥へ行けば行く程に暗くなっているのが分かる。
森が深くて陽の光が差し込まないのだ。
「なぁーんにも見えないねぇ」
助態の隣でもふともが目を細める。
「ルブマー。ちょっと来てみ」
手招きをしてルブマを呼ぶ。
アーチャーであるルブマの視力は他の人よりも上だ。しかし――
「見えません」
首を振るルブマの顔を追うように、茶色いショートの髪の毛が追う。
「火を使うしかなかろう」
助態の背中にしがみついたまま発したちあの提案をティーパンが補足する。
「全員が火を持つことはやめておこう。森が深すぎて木々に引火する恐れがある。それに、松明を持つということは片手が塞がることを意味する。視界が悪い森の中でそれは避けたい」
「じゃあどうするのじゃ?」
「モンスターが急に飛び出しても平気なように2手に別れよう。2組が互いにカバーできる程度の距離を保ってそれぞれの組の1人だけが松明を持つ。もちろん周りのものに引火しないように注意してね」
深い森の中で引火しようものなら、森は全焼して自分たちは全滅するだろうと付け加える。
「まとまっていた方がモンスターの対応も楽なんじゃないかしら?」
アンアンが疑問を投げかける。
「一見そう思える。しかし急襲しようとするモンスターから見れば攻めやすいということにもなる。一か所に攻撃を絞ればいいんだから。可能なら3組に別れたいけどそれだと戦力があまりにも分散しすぎてしまうからね。2組でやや距離を取って進んで行こう」
もちろん、野営の時は一か所にまとまるよ。と最後に付け足した。
こうしてパーティーは2組に分かれた。
ちあが助態から離れないので助態とちあが同じ組で、反対の組にはティーパンとルブマが振り分けられた。
更に助態の暴走を引き止める役としてアンアンが、純純はヒロインだからという謎の理由で助態のチームに加わった。
残ったくびち、もふとも、ぱいおがティーパンチームになった。
松明係は純純とくびちが任命された。
「じゃ、これを」
ティーパンが耳くらいのサイズの巻き貝の殻を投げ渡す。
「通信貝じゃない!こんな高価な物まで持っているの?」
アンアンは驚くがちあ以外の他の者は見たことすらなかったようだ。
「いい?対になる殻どうしなら、ある程度の距離があっても通信ができるレアアイテムよ!」
何これ?という助態の言葉にやや怒りながらアンアンが説明する。
「こんなもの、淫魔族の私ですら見たことないのに!」
などと驚いているが、助態からすればスマホの劣化版という認識しかなかった。
「首から常に下げておいて。お互いの状況がこれでいつでも聞こえるでしょ?」
そう言ってティーパンは助態たちから木5本分離れた距離まで歩いた。徒歩にしておよそ20歩分くらいの距離だ。
「このくらいならカバーできるかな?」
地声では聞こえないが、ティーパンの声は貝殻からきちんと聞こえた。
その質問はちあに対するものだ。
「うむ。何かあればすぐに援護するから安心するのじゃ」
ちあが答えると、片手を上げてティーパンは早速森の中へと足を踏み入れて行った。
後を追うようにくびち、もふとも、ルブマ、ぱいおも森へと入って行った。
「ちあたちも行くのじゃ」
ちあの掛け声と共に、助態、純純、アンアン、ちあも森へと足を踏み入れた。
●
森は想像以上に深く、地面には根っこや枯葉、枯れ枝に生物の死骸などが散乱しており、必要以上に足を取られた。
その分、進むスピードは遅くなり余計な体力を取られることになった。
助態たちのところからティーパンたちの姿は見えないが、くびちが持っている松明の灯りだけが僅かに見えた。
「少し離れすぎじゃ。ティーパンたちちあたちが追いつくまで少し待つのじゃ」
運動神経のいい助態にとっても、この森の中の道は大変だった。
アンアンは比較的スイスイ進んでいるが純純はそうはいかない。
単純に純純は運動神経が悪い。
それに比べるとティーパンチームは比較的運動神経がいいメンバーが揃っている。
もふともは言うまでもなくメンバー随一のスピードを持っているし、ルブマも探検隊のような恰好をしているくらいだから、こういった森の中を進むことには慣れているだろう。
くびちとぱいおが若干運動神経がないが、ぱいおは持ち前のドM根性で、体中に当たる木の枝からの痛みを快感に変換していた。
そのぱいおが突き進んだ先を進むことでくびちを含めて、ティーパンチームは比較的問題なく進んでいた。
その差が出て、森に入って5分もするとティーパンチームと助態チームで進行具合に大きな差が出た。
「分かった。こっちは小休止にするから後からこっちに合流してくれ」
ティーパンたちは休憩を取ることにしたようだ。休憩中は野営同様に1箇所でまとまって休憩すると決めた。
要は助態たち待ちということだ。
「くそっ!まさか俺が女の子を待たせる日が来るとは!」
ブツブツ助態が文句を言う。
助態チームのみんなは、地面に足を取られていた。
「なんなんだこの森は!根っこありすぎ!それと動物の死骸!気持ち悪い!」
助態の爆発はこれで3度目だ。
ティーパンたちが休憩をしてからすでに10分が経過している。
それなのに助態たちはティーパンたちの元へまだたどり着かない。
「おかしいな」
通信貝からティーパンの声が聞こえる。
「確かに根っことか落ち葉とか枝とかで歩きにくいが、それでもそんなに歩けない程ではなかったが?」
貝の奥からは、ぱいおはくびちの同意する声も聞こえる。
「そうっすねー。歩きにくかったけど雪道を歩いていると思えばそんなもんだったっすよ」
「ちょっと待て、こっちはほとんど足の踏み場もないレベルなんだけど!」
貝に向かって助態が声を荒げる。
「あら?木の枝とか枯葉は踏みつけていいのよ?」
何を丁寧に歩いているの?と言わんばかりの言い方だった。
「さっきからキサマらは何を言っておるのじゃ?ちあたちが通っている道はぬかるみが酷いのじゃ。だから歩きにくいのじゃよ」
助態の背中にしがみついているだけで、一切歩いていないちあが何故か堂々と言う。
「ぬかるみ?」
その言葉に反応したのはティーパンだ。
「こっちにはなかったわよ?」
つまり、やや離れたルートのところにだけぬかるみがあるということ。
「私たちが歩いた道はどちらかと言えば地面は乾いてた。ということはそっち側に人が住んでいる町があるかもしれない!」
少し考えてから明るくティーパンが言う。
地面がぬかるんでいるということは水源が近くにある可能性が高いのだとか。水の近くには生き物の営みがある可能性があるため、地面が乾燥しているティーパンが通ったルートよりも助態が通ったルート寄り、つまり南側に生き物が住んでいる可能性があると言った。
ようやく助態たちも休息を取り、次のルートではティーパンたちがぬかるみの中を進むことにした。
助態たちはさっきティーパンたちが通ったルートではなく、更に南側を進んでみることにした。
つくづく助態は自分が幸運だと感じた。
さっき休憩を取っておいて、そして自分のチームにちあがいて、更にティーパンが2手に別れようと言ってくれて。
「モンスターじゃ!囲まれた!ハイエナエースじゃ!恐らくあの個体種じゃな!」
「こっちからは遠くにあの魔参謀が見えるよ」
ちあの言葉にティーパンが答える。
「たぶん、ハイエナエースがちあたちの匂いを追ってきたのじゃろ」
急いで助態たちを囲っているハイエナエースを外からティーパンたちが蹴散らす。
しかし残念ながら1匹逃してしまった。
「あいつを逃したらまた追ってくるかもしれない――」
助態の言葉を遮るように2本の松明の火が消えた。
「序列モンスターに見つかるから我慢せい!」
ちあに諭されて助態も、ハイエナエースを追おうとするのを諦めた。
急いで助態たちは近くの草むらに屈んで隠れた。
数秒後、5歩程先に序列モンスターの魔参謀が滑っている気配を感じる。
見つかれば即戦闘。それはつまり、序列モンスターに宣戦布告することを意味する。
ドクン――ドクン――
助態の心臓の鼓動がいつもよりも大きく聞こえる。
喉がカラカラに乾く。
カサカサと魔参謀が木の葉に触れる音がやけに近くに聞こえる。
暗がりでよくは見えないが、隣の純純が両目を閉じて両手を組んで祈っているように見えた。
ふっ、と辺りが更に暗くなって純純の姿すら見えなくなった。
一瞬、助態は闇に包まれたのだと思ったがそれは違った。
上を見上げるとそこには魔参謀が立っていた。
『見つかった……?』
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