花咲くまでの物語~外伝~ お嬢様のリクエスト

国城 花

お嬢様のリクエスト


「焼き鳥食べたい」


ある日の午後。

ソファーに座ってくつろいでいる主人からの言葉に、執事は少し驚いた。


「お嬢様がパン以外をリクエストされるのは珍しいですね」


このお嬢様は、何を食べたいか聞けば「パン」しか言わないほどのパン好きである。

パン以外のものには興味がないので、こうやって何か食べたいものをリクエストするのはかなり珍しいことだった。


このリクエストを料理長に伝えれば、泣いて喜びそうである。

ただでさえ普段から涙もろい人なので、タオルを用意していった方がいいかもしれない。



「夕食にお召し上がりになりますか?」

「今食べる」


これはさらに珍しい、と執事は驚く。

普段はほとんど間食を食べないのに、今食べたいらしい。


「すぐに用意させます」


主人の頼みとあれば、すぐに用意するのが執事である自分の役目である。



すぐにキッチンに向かい、「お嬢様が焼き鳥を食べたいらしい」と料理長に伝えると、案の定料理長は泣いて喜んだ。


やはり、ハンカチではなくタオルを持ってきておいてよかった。



「もう少しでお客様がいらっしゃいますから、煙の臭いがそちらに行かないようにしなければなりませんね」


少し涙が収まると、優秀な料理長は仕事に頭を切り替える。


「応接室とキッチンはかなり離れているので大丈夫だとは思いますが、よろしくお願いします」


今日はこれから来客があるのだ。

屋敷の主人は不在のため、その孫であるお嬢様が来客の対応をすることになっている。


料理長と来客の対応についても軽く打ち合わせをすると、執事はお嬢様のところへ戻った。




「これはこれは。つぼみのお一人にお会いできて、光栄です」


来客の男は出迎えたお嬢様を見ると、でっぷりとした腹を揺らしながらニチャニチャと笑った。


お嬢様は、私立静華せいか学園の「つぼみ」の1人である。

家柄、財力、才能に溢れたエリートたちが集まる学園の中でも、特に優秀な者が「つぼみ」という生徒会に選ばれる。


「つぼみ」に選ばれるということは将来を期待されている証でもあるので、大人たちも「つぼみ」に選ばれた生徒には注目する。


それ故に「光栄」というのは嘘ではないだろうが、男のニヤニヤとした笑みと人を馬鹿にしたような態度からはそれが本心とは思えない。



お嬢様をちらりと見ると、外向きの表情をくっつけながらも背中に「はったおしちゃだめかな」と書いてある気がする。

面倒くさがりで手の早いお嬢様なので、この男を早く帰したいらしい。


気持ちは分からないでもないが、「駄目です」と念を送る。


その念に気付いたのか、諦めたように肩を少しすくめると来客の男と向かい合うように応接室のソファーに座る。



来客の男がペラペラと喋りだした用件を簡単にまとめると、どうやらこの屋敷の主人と繋がりを持ちに来たらしい。

商談をちらつかせるだけでなく、良家の子息との縁談をちらつかせているあたり、お嬢様とも縁を持ちたいらしい。


さてどうやってこの男を穏便に帰すかと考えていると、応接室の扉がノックされる。

扉を開けると、料理長が立っていた。


お茶とお菓子を持って来たのかと思いきや、カートの上に乗っているものを見て執事は自分のお嬢様に視線を向ける。


外向きの表情を保ちながらも、執事から見ればどこか人の悪い笑みを浮かべている。


『まったく…』


執事は自分のお嬢様に呆れながらも、料理長が持って来たカートを受け取る。

それを来客の男に出すと、男は出されたものを見て眉をしかめた。


「何ですか?これは」


テーブルの上に出されたのは、焼き鳥だった。

しかし何故か焼く前の状態のものである。


自分の目の前に座る少女の前には、ちゃんと焼かれたものが出されている。

そこも気になるが、何故焼き鳥を出されているのかが分からない。


「鶏って、英語で何て言うか知ってますか」


鶏肉が串に刺されたものを手に取り、少女は男に問う。


「私を馬鹿にしているのか?チキンだろう」

「つまり、そういうことです」


「?」


男は、この少女が何を言いたいのか分からなくて眉を寄せた。


少女は焼き鳥の串をクルクルと回しながら、興味なさげな視線を男に向ける。


「おばあちゃんが家にいない時を狙って来るなんて、チキンだと言っているんです」

「なっ!」


馬鹿にされたと分かり、男の顔は怒りで真っ赤になる。

チキンというのは、「臆病者」という意味である。


「おばあちゃんと面と向かうだけの度胸もないのであれば、ここに来るだけ無駄です」


孫を通して繋がりが持てるほど、静華学園理事長は優しくない。


「ば、馬鹿にするな!子供だからと大目に見ていれば…!」


図星だったのか、男は顔を真っ赤にしたまま立ち上がる。


「お帰りだって」


客人が立ち上がったのを良いことに、少女はそう言って自分の執事を見る。


執事はお嬢様の意図を汲み取り、客人を誘うように応接室の扉を開けた。


「玄関まで、ご案内いたします」


わなわなと怒りで震えていた客人だったが、もうここにいるメリットはないと見たのか暴言を吐き散らしながらも帰っていった。



客人を見送った後に応接室に戻ると、お嬢様は焼き鳥の串をクルクルと回していた。


「焼き鳥を食べたいと仰ったのは、このためだったのですね」


珍しく食べたいものをリクエストしたと思ったら、客人を煽って帰らせるためだったとは。

面倒くさがりで非情なお嬢様らしいといえば、お嬢様らしい。


「ですが、何故焼き鳥だったのですか?」


鶏肉であれば、別に焼き鳥でなくてもよいはずである。


お嬢様は2本目の焼き鳥を手に取ると、1番上の鶏肉をパクリと食べる。


「あそこで引かなければ、串に刺して焼いてやろうかと思って」

「その言い方ですと、本当に串に刺して焼こうとしているかのように聞こえます」

「比喩だよ」

「えぇ。分かっております」


臆病な客人があそこで帰らなかった場合、別の嫌がらせの方法を考えていたらしい。

比喩とはいえ、ズタボロにされたであろうことは想像できる。



お嬢様は2本目を食べ終わると、串を皿に置いた。


「ごちそうさま。おいしかったって伝えておいて」

「承知いたしました」


料理長にお嬢様の言葉を伝えたら、さっきよりも激しく嬉し泣きしそうである。


『次は、バスタオルを持っていくか…』


涙もろい料理長のために、執事はそんなことを考えていた。


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