あの日見た焼き鳥屋

桐山じゃろ

たかなし

 俺が小学生のとき住んでいたところはど田舎だった。

 テレビやラジオはあったが、車はそれほど走ってねぇし、バスも数時間に一本だ。

 学校の行き帰りに寄れる場所なんてなくて、ずっと田んぼと畑と、やたらでかい民家が数件あるだけ。


 そんな通学路に、ある日突然焼き鳥屋の屋台が現れた。


 その日はたまたま、友達と喧嘩して一人で帰っていたから、焼き鳥屋があるという感動を伝える相手がおらず、もどかしかったのをよく覚えている。


 親からは「何かあったときのために」と千円札を持たされていた。

 その千円札を握りしめて、焼き鳥屋の前に立った。


 皮、砂肝、もも、むね、つくね、手羽先、ぼんじり……屋台の上には所狭しと様々な焼き鳥がいい香りをさせていた。

 屋台を挟んで向こう側では、白いタオルを鉢巻き代わりに巻いた父親位の年齢のおじさんが、まだまだ焼き鳥を焼いている。


 今なら、こんな小学生くらいしか通らない場所で屋台を構えていたって、儲からないだろうと訝しむところだが、俺は「学校帰りの買い食い」という少し後ろめたい気分で高揚していて、気にならなかった。


 焼き鳥は全て一本百円で、俺は焼き鳥を隅から隅までチェックして、買うものを吟味した。

 千円あるが、十本買っても食べ切れないだろうし、あまり食べ過ぎると晩ごはんが入らなくなり、おかんに買い食いがバレる。


 ふと、端の方に馴染みのない串が並んでいた。


 他の焼き鳥は炭火で焼いてあってこんがり黒茶色なのだが、それだけは生々しいピンク色をしていた。


 札には「たかなし」と書いてあった。


 小鳥遊たかなしは、今日学校で喧嘩した友人だ。


 普段からいばりんぼうで、何か気に入らないことがあるとすぐに人に手を出す奴だ。

 今日は俺が給食で余ったデザート争奪戦ジャンケンに勝ち、ホクホクしていたところへ、それをよこせと無理やり奪おうとしてきた。

 先生が止めてくれたが、デザートのカップゼリーは手から滑り落ち、揉めている間に踏みしだかれて食べられない状態になってしまった。


「おじさん、これ、何?」

「書いてあるとおりだよ」

「え……でも」

 おじさんはおもむろに「たかなし」を手に取ると、串から毟り取るようにピンクの塊を食いちぎり、むしゃむしゃと咀嚼して嚥下した。

「こいつはたまには仕置してやらんといかんでな」

「じゃあ、それひとつ」

「毎度」


 俺は「たかなし」を買い、家へ向かって歩きながら、ピンクの塊を口にした。

 とてもおいしかった。



 次の日、学校へ行くと先生がいつもの時間にやってこず、授業が始まる時間を三十分以上過ぎてから、青い顔して教室へ入ってきた。

「小鳥遊君が大怪我をして、入院している。犯人が近くにうろついているかもしれないから、今日からしばらく登下校に先生が付き添います」

 そういえば今朝から小鳥遊の姿を見ていなかった。



 あの日以来、例の焼き鳥屋を見ていない。

 俺が口にしたものは何だったのか、あまり考えたくない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

あの日見た焼き鳥屋 桐山じゃろ @kiriyama_jyaro

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説