Sideアレク:アレクとルドルフ・4

 私を女と知ってからも、ルドルフとの関係は特に変わらなかった。私にとって、それが心地よかった。

 もしも貴族階級的に、「女は男の影に」という風に扱われてしまったら、きっと幻滅していただろうし、なによりも「ローゼンクロイツに関わるのは危ないから後ろに下がっていろ」と言われてしまったら、きっと彼のことを恨んでいただろう。

 でも、彼は私に手を取って、仲間に引き入れてくれた。だからこそ、私は彼を信頼している。


「まだ君はグローセ・ベーアじゃないからね。できればここに入ったことは、グローセ・ベーア以外の生徒たちには内密にしてほしい」


 そう言って彼が連れてきてくれたのは、学問所の中に存在している何棟か存在している特別棟の一棟だった。

 ここでは授業は行われていないし、倶楽部活動も行われていないのに。わざわざ特待生のために一棟まるまる貸し与えているなんて、ここもどうかしている。

 でも。ここに並んでいる本棚に、大量の本。そしてなにかの書き付けが大量に並んでいる。


「ここはいったい?」

「ここは他の校舎と区切られていて、本当に代々のグローセ・ベーア以外は使っていない。これは社交界の歴史や噂、そして各領地の情報を並べている場所だよ。密偵を使っているから、清書してなくて悪いね」

「そんな……こんなにたくさん?」


 グローセ・ベーアには皇帝にも話が通せるくらいの家柄の人間ばかりが代々就任しているとは聞いていたけれど、まさか国内の情報をこれでもかと残している部屋があったなんて思いもしなかった。

 ルドルフは黙って、真新しい情報を引き出してきた。


「さて、君がローゼンクロイツについてどう思うかという問いだけれど……社交界を牛耳る忌々しい組織だと思っているよ。ここの領土の書き付けだけれど」


 そう言って一冊引き抜いた書き付けを見て、私は絶句した。

 ひとつの村で伝染病で全滅と書いてある。地図上から簡単にひとつの村の名前が消されている……。


「たったひと晩で伝染病で全滅なんて都合のいい話はあるかい? 俺の実家が治めている領土だから、密偵を送って確認をしたけれど、ここには墓も遺体も見つからなかった。遺体には悪いと思いながらも、地面を掘り起こしてすら、遺体が見つからないってことはあるかい?」

「……私は、そんな村を知っています」


 ルドルフはじっと私を見てきた。

 ……私が彼を味方に引き入れたいと思ったのは、彼が誠実だからだ。私は胸元を掴みながら言う。


「……私の故郷も、滅びましたから。帰ってきたら、皆が石にされていた。賢者の石……金を生み出すだけの石に、村の皆は……」

「アレク」

「……これは、私の復讐です。彼らを滅ぼしたとしても、私の家族は帰ってこない、私の村は戻らない、わかってはいるんです。でも、私は彼らの命で肥える貴族が……錬金術で人の命を弄ぶ奴らが、憎くて憎くて仕方がないんです……!」

「アレク」


 気付けば、私は涙を流していた。

 いくら彼らを滅ぼしたとしても、なにも元には戻れない。私の家族も、村の皆も帰ってこない。私の復讐が完了したということ以外、なにも変わらないけれど。

 この学問所でなにも知らずに生きている貴族の子息令嬢を、どれだけ憎いと思ったのか、それでもなにも知らないからこそ教会で出家して、命を尊んで欲しいと願ったのか、わからない。

 これはただの私の自己満足なのだけれど。

 ルドルフは私のまなじりの涙を拭って、じっと私を見た。


「……君は優しいな」

「……私は、別に」

「アレク、君ほどのフェンシングの腕があれば、力任せに皆を屈服させ、そのままこの学問所を滅ぼし、ここに根付いているローゼンクロイツを根絶やしにする方法だってあったけれど、君はそれをしなかった。フェンシング倶楽部の主将である俺が保証しよう。君は強いし、優しい」


 そうルドルフは断言する。

 優しいのは、むしろ彼のほうだ。私はそこまで優しくなんてなれない……。

 妹のことを思い出させてくれた、彼女以外には。


「とにかく、試験が終わったら君は間違いなくグローセ・ベーアに入るだろうさ。そのときに、宣戦布告する気だな?」


 私は頷いた。そのために、彼に近付いたのだから。

 ルドルフは私の髪のひと房を手に取り、それに口付けた。


「……わかった。君の復讐に加担しよう。大丈夫、君だけが背負う必要はない。俺もむざむざ、なにも知らない領民を死なせるつもりはないのだから」


 私は別に、誰かを助けられる人間ではなく、自暴自棄な復讐者だ。そんな私に手を貸してくれたルドルフを、私は愛しく思う。

 でも。ひとつだけ引っ掛かることがあった。


「……ルドルフ。ひとつだけ調べてほしいことがあるのだけれど」

「なんだい?」

「……ローゼンクロイツにいるとされている、カリオストロ伯爵のことだ。彼はいったい何物だ?」

「……あの詐欺師か」


 彼は少しだけ考え込むような素振りを見せてから、口を開いた。


「彼は元々フランス革命前後に獄中死しているはずにも関わらず、何故か生きているし、各国の社交界に紛れ込んでいるしで、いったいどこからローゼンクロイツに紛れ込んだのかもよくわからない」

「……そんな」


 あの子の近くでうろうろしているジュゼッペとか名乗る訳のわからないのを思い浮かべる。姿かたちを簡単に変えて、こうしてあの子を惑わせているというのに。

 ルドルフは「それに」と眉をひそませる。


「彼は危険だ。錬金術とはもう呼べないような術すら使うのだから。彼とは距離を取るように。それでも彼と対峙したいと言うのだったら、俺を呼べ」

「……君は、どうしてそこまで彼について詳しいの?」


 私の問いに、ルドルフは困ったように眉を寄せた。


「……彼の甘言に乗せられて、ローゼンクロイツに加担するものが増えているんだ。グローセ・ベーアの中にも錬金術に傾倒するのはいるけれど、カリオストロにだけは近付かないから」


 それを聞いて、私は俯いた。

 ……やっぱり、あの男は危険過ぎる。どうしてあの子の幼馴染を名乗っているのかはわからないけれど、一刻も早く、あの子から引き離さないと。

 彼女を利用するつもりなら、私は許さない。


****


 そんな中、彼と一対一で対峙する機会は得たけれど。彼はなんなく私を通り抜けてしまった。

 ……まだ、ローゼンクロイツに宣戦布告はしていないけれど。でも彼が歩いていく姿を付けていたときに、衝撃的な工程に立ち会ってしまった。


「可愛いアデリナ、ローゼンクロイツの幹部にならないかい?」

「はあ? はあ…………?」

「君はいきなり現れた教会からの信者とも上手く立ち回れているじゃないか。もし君がローゼンクロイツに入ってくれたのなら、私も願ったり叶ったりなのだけれど」


 あの男と来たら、いきなり年老いたかと思ったら、よりによってあの子をローゼンクロイツに勧誘しはじめたのだ。

 ここはルドルフを呼ぶ? ううん、今彼を呼びに行ったら、ふたりを見失う。

 私がしばらく、レイピアの柄を握って見守っていた中。

 あの子は……アデリナは口を開いた。金色のカールを靡かせて、目を吊り上げる。


「あなた、相変わらず私をからかっていますの?」

「ははは、君をからかってもたかが知れているじゃないか」

「それをからかっていると言うんですわ。そもそも」


 彼女は自身の頭をトン、と叩いた。


「私の頭を弄るってどういうこと? いい加減、どういうことなのか薄情なさい」


 それはもっともだ。私はレイピアを握りしめて、カリオストロ伯爵の言葉を待った。

 カリオストロ伯爵は、酷薄な笑みを浮かべて彼女を見下ろしていたのだ。

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