ダンスのレッスン(相手つき)
私は寮で、ジュゼッペを呼んでばりばりクッキーを齧りながら、作戦会議に勤しんでいた。
私の荒れっぷりを、ジュゼッペはいつもの調子で鼻で笑う。
「はっはっは、フロイライン。君ものすっごく面白いよ!」
「やっかましいですわっ! 父様からお手紙の返事も来ませんし、あの忌々しい方には何故かちょこちょこ付きまとわれますし! 一年は猶予と見積もっていたのに、一気に時間を進めなければならなくなったのに、これで怒らずにはいられますか!」
ザクザクのクッキーがおいしい。前世では妙に歯に詰まる感じがしたのに、今はおいしく感じるのは湿気の量の問題なのかどうかは知らない。
ジュゼッペは笑いながら、私が手ずから淹れてあげた紅茶をおいしそうに飲む。
「そうだねえ……で、君が気に入らないと言っているのは、たしかアレク・ダーヴィトだったね? 既に学問所の注目の的になっている。対する君は、すっかりと学問所の嫌われ者だねえ。味方はわずかばかりの男子生徒と来たものだから、これまた女性陣から嫌われるには充分だ」
「しっかたないでしょ!? 女同士ってものすっごく怖いんですのよ!? 謀略で嵌められたら、はい、おしまい。まだアレクひとりを敵に回しているほうがまだマシな具合ですわ。だから、あなたもうちの寮に来る際は、他の方に見つからないようにしてくれませんこと?」
「はっはっは、僕がそんな君みたいな自動的に嫌われるようなヘマをする訳がないだろう?」
「は・な・で・わ・ら・う・なぁぁぁぁ!」
だんだん腹が立ってきて、ボスっとクッションを投げるけれど、ジュゼッペと来たら簡単にそれを掴んで受け止めてしまうから、本当に腹が立つ。
「まあ、僕もアレクのことは調べているけどねえ、あの人経歴が上手い具合に隠されているから、あの人の背景のものをなんとかしない限り、正体を暴くのは困難だねえ」
そりゃそうだ。アレクのバックにいるのは教会だし。一応は国教だし。
ゲーム内でも、彼女を退学処分にするには、成績と感情値計算ミスによる数股かけているのがバレての炎上以外になかったはずだ。成績はともかく、実際に会ったアレクが数股かけて人間関係をややこしくした上で退学は、正直考えにくい。
そして、ジュゼッペが調べられるアレクの背景ってなによ。私はじっとりと半眼で睨む。
「……あなた、私になにか隠し事はないかしら?」
「ははは、秘密というのはねえ。知らなくっても生きていけるんだよ? 知っていればよかったよりも、知らなきゃよかったのほうがよっぽど多い。隠し事を開示する状況は僕が選んだほうがよくないかな?」
またこいつは、はぐらかすし。私はイラリとしながら、ジュゼッペを睨むけれど、彼は意外とまともなことを言う。
「まあ、君が敵視するアレクのことはさておいて。君が先にすべきはグローセ・ベーアを媚薬を使ってでも落とすことであり、アレクをグローセ・ベーアにしないことが先だろう? それに、今度舞踏会の練習があるじゃないか」
「あ、ああ……」
基本的にダンスレッスンは学年共同だ。社交界デビューの際に、一通り踊れるようにとは練習させられる。
そしてその中ではちょっとした好感度チェックができるようになっている。男女比は基本的に男子のほうが多く、そのために女子側に来る男子が出てくるんだけれど、アレクは女子側で踊るはずなのだ。
そこで最初に踊った相手が、好感度が一番高くなり、逆にあぶれて踊らなかった相手とは好感度が低いとわかる。その低いほうを落としておけば。
私はガッツポーズを取る。
「よし、やりますわ!」
「うんうん、アデリナは頑張ること以外できることがないんだから、頑張るんだよ。あ、そうだ」
ジュゼッペはにこやかに笑いながら、私の巻き毛に指をくるんくるんと絡めてきた。
……脈絡がなさすぎるぞ。いったいなによ。私が目を半眼にすると、彼は目を細めて囁く。
「……君、ドレスは僕が用意するから、舞踏会のときに他のドレスを着ないほうがいい」
「……ちょっと待って。それってどういう意味?」
「君、いささか嫌われ気味だからねえ。ちょっとした世話焼きさ。さて、僕もそろそろ帰るよ。今度の舞踏会が楽しみだねえ」
言いたいことを言うだけ言って、ジュゼッペは帰っていった。それ、どういう意味なんだろう。私は首を捻る。
たしかに女子からはアレクのことで嫌われ気味で、同学年の女子とはまともにしゃべっていない。遠巻きにされているもんだから、グローセ・ベーアのシュタイナーやウィリス、ニーヴィンズとしかしゃべってないもんねえ……。
……うん、こりゃ女子に嫌われる要素、無茶苦茶あるわ。言い訳できないくらいに、爵位目当てに媚び打っている女子に見えるわ。
でもなんでわざわざジュゼッペがドレスを用意してくれるのか。あいつ、幼馴染の割には謎過ぎるのよね。
私は寝る用意をしながら、もうそろそろはじまるダンスのレッスンについて考えはじめた。家にいたときから、家庭教師の先生に手を焼かせるほど、ダンスが下手だった。ゲーム内のアデリナも、テンションで乗り切っていた気がするけど、私はどうなんだろう。
前世でも、フォークダンスで相手の男子の足を踏みまくって嫌がられた記憶しかないんだけど。うーん……。
考えるのを止めて、私は眠りについた。
明日からは、学年合同のダンスのレッスンだ。
****
ダンスのレッスン用にはそれぞれ手持ちのドレスや燕尾服を着用して執り行われる。私はメイドたちにお気に入りのクリームイエローのドレスを着せてもらう。
「ねえ……父様からお手紙は届いたかしら?」
「旦那様から手紙は届いておりませんよ」
「そう……」
相変わらず、父様には手紙が届いていないみたいで、代わりに母様と弟に手紙を書いて、届けてもらえるよう頼んだ。
【母様へ
学問所では元気にやっています。今は科学倶楽部に入って、いろんな実験をしています。先輩のシュタイナー様は博学で、薬の調合の際に出来上がる結晶を見せてくれたり、アクセサリーをつくる方法を見せてくれたりして楽しいです。
季節の変わり目で、母様もお体が優れないことでしょう。どうかお医者様の話をよく聞いて、大事になさってください。
アベルはどうですか? もうスペルを覚えましたか? あの子は私よりも出来がいいので、きっと家庭教師の先生からの覚えもいいでしょう。
どうかお元気で。私も冬休みには帰ります。
アデリナより】
講堂で、それぞれ円をつくって、そこで会った相手とダンスを一曲踊る。一曲終わったごとに、相手を交代して、次の一曲を踊る。
心配した通り、私は見事なまでに相手の男子の足を踏みまくるため、「いだいっ!」「いだいっ!」と悲鳴を上げられ、そのたびに謝り、そのたびに女子から白い目を向けられ、先生からは怒られる。
「アデリナさん。さすがに四人連続で足を踏むのは……そこまでがさつでは、社交界で恥を掻くでしょう?」
「はい、おっしゃる通りですわ……」
「先生、彼女は単純に歩幅が合ってないだけでは? アデリナさんは小柄ですから」
そう言って男子のほうから手を挙げた生徒を見て、私は目を丸く見開いた。
……燕尾服を着て、髪をひとつにまとめて垂らしているアレクがいたのだ。
あなた、なんで今日は女子側にいないの。あ、わかった。今日は本番ではないからだ。あくまで、練習。練習だもの。きっとそうだ。
先生は少し考えてから、提案する。
「なら、あなたが踊ってみますか? さすがにこれ以上失敗させるのは……」
「わかりました。アデリナさん、おいで」
……そう手を差し出される。
そりゃ、金髪碧眼の美しい人にそう呼ばれたら、胸が高鳴るでしょう。でも待って。
あなた、私が蹴落とさないといけない相手なんですけど。
しかも周りからものすごく白い目で見られているんですけど。
ジュゼッペからの忠告がぐるぐると頭を渦巻くけれど。
「……仕方ありませんわね。あなたに私のエスコートができて?」
……まだ、本番じゃない。
そう言い訳して、私は円から一歩出て、彼女の手を取ったのだ。
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