バーニング・バード

茶介きなこ

邂逅

「らっしゃっせーぇっ! 一名様でぇ?」

「見りゃ分かるだろ」

「かしこまりゃしたぁ! こちらへどうぞぉ!」


 店員は俺を奥に案内した。

 特に珍しくもない、ありふれた居酒屋。

 帰り道の途中にあるということもあって、嫌なことがあると俺はよくこの店に寄る。


「注文決まりゃしたらお呼びくださ──」

「焼き鳥セットと生1つだ」

「……うぃっ! かしこまりゃしたぁ!」


 はぁっ、と息をついて椅子に腰を下ろす。

 今日は疲れた。

 上司の機嫌が悪くて八つ当たりが酷かったのだ。

 そりゃあ俺だってミスしたが、あそこまで怒る必要はないだろう。というか、ミスするような仕事量を押し付けるあいつが悪いのだ。


「お待たせしゃしたぁ! 生一丁!」


 店員がジョッキを運んできて、テーブルに置いた。

 俺はその取手を掴むと、思いっきりジョッキを傾けて、喉にビールを流し込んだ。

 冷たいアルコールが乾いた心を湿らせてくれるような、そんな気がした。……そのアルコールが蒸発すれば、また乾いてしまうと分かっていても。

 半分くらい飲んだところで、一度口を離す。

まだ焼き鳥が来ていないのに全て飲むのはもったいない。

 ふと隣の壁を見ると、ポスターが貼ってあった。昭和のアイドルがこちらに向かって笑いかけてる写真だ。

 ……まったく、こいつは社会の厳しさを知らないからそんなにニヤニヤできるのだ。ふざけやがって、いっぺん上司に叱られてみろ。


「お待たせしゃしたぁ! 焼き鳥セットでぇ!」


 さっきと同じ店員がやってきて、皿をテーブルに置く。


「……ちっ、おせぇんだよ」


 去りゆく店員の背中に向かって、小さな声で毒づいた。

 客は神様だ。待たせるなんて言語道断だろう……と。

 その時だった。


「待たせてすまなかったな」


 どこからともなく、声が聞こえたのだ。

 店員かと思ったが、店員は既に厨房に入った様子。辺りを見回しても、他の客が俺に話しかけてきたわけではなさそうだ。


「そこの男よ、どうした。我が見えないのか」


 小馬鹿にしたような言い方に、苛立ちを覚える。


「誰だ」


 隠れていないで出てこい。

 文句の一つでも言ってやらなければ気が済まない。


「クックック……我を知らぬとは、愚か者め! 我が名はフェニックス! 火を司る不死鳥とは、我のことだ!」


 ……名乗ってはくれたのだが、依然として姿が見えない。

 というより、フェニックスとはなんだ。俺をおちょくってるのか?


「いいから出てこい。どこに隠れてるんだ」


「クックック、我はフェニックス。人間ごときを恐れて隠れなどせぬ。ほら、お前の目の前にいるだろうが」


 言われて、目の前を見る。

 視界に入ったのはテーブルと、ビールジョッキと、焼き鳥。

 ……焼き鳥?


「やっと気がついたか愚か者め。我の擬態にも気づかないとは……クックック」


「まさかだけど焼き鳥なのか、お前?」


「焼き鳥ではない! 訳あってこの姿に擬態しているだけだ! 人間どもに捉えられ、居酒屋のメニューになってしまったなどということではないぞ! ゆめゆめ勘違いするな!」


「……お前、本当にフェニックスか?」


 俺には「山奥でひっそりと暮らす伝説の鳥」というイメージがあったので、信じ難かった。

 間違っても場末の居酒屋に生息している存在ではない。

 しかし、喋る焼き鳥となれば少し信憑性が出てくる。

 荘厳さこそないが、普通の鶏ならコケコッコーの「コ」すら発音できない状態だ。

 フェニックスでもなければ意思疎通などできるはずがない。


「静かにしろ! その名で呼ぶと人間どもが我の存在に気づいてしまうだろう!」


「何かマズいことでもあんの?」


「我の痴態を不特定多数の人間に晒されてしまうだろうが! どうせTwitterで『この焼き鳥、フェニックスだったんだがwww』と拡散するのだろう!?」


「さっきは擬態だとか言ってたけど、やっぱりその格好は恥ずかしいのな?」


「おのれ人間……揚げ足を取りやがって! 揚げ足をぉぉぉ!」


「らっしゃっせぇー! フライドチキンを注文されやしたかぁ?」


 店員がこっちにやってきたので首を横に振っておいた。揚げ足というのは、フライドチキンのことではない。


「おい人間。我のことはバーニング・バードと呼べ。これを仮初かりそめの名とする」


「バーニング・バード? ……あぁ、なんだ。焼き鳥バーニング・バードか」


「おい人間、何を笑っている!」


「なんか厨二病みたいで良いと思うぞ。その名前」


「ウケなど狙っておらんわ! 我を侮辱しているのか!」


「というかお前、火を司るくせに自分が火で炙られてるのはどういうことなんだ?」


「黙れ! ええい、黙れぇぇええ!」


 こいつ、中々面白いな。

 いつもとは違う意味で、焼き鳥をさかなにビールを飲む俺。

 うん、これはこれで良い晩酌だ。

 …………。


「はぁ……」


「どうした人間。嘆息するな。酒臭い息が我にかかるだろう」


「実は最近、上司の八つ当たりがきつくてな。しんどいんだよ。もう仕事辞めようかな……」


「ほう、辞めれば良いではないか」


 その言葉に、俺は目を丸くした。

 「辞めれば良い」などと簡単に言われたことに驚き、そして少し腹が立ったのだ。


「いやいや、そうにもいかないだろ。家賃、食費、光熱費……色んなものに金がかかる。仕事を辞めたらその金はどうすんだ」


「ほう、それなら仕事を辞めなければ良い」


「お前……それじゃさっきと真逆じゃないか」


 もしかしたら良い解決策を教えてくれるのかと思ったが、そういうことではないらしい。

 フェニックスの言うことだからと期待したが、肩透かしだった。


「馬鹿め、全てが都合よくいくわけなかろう。フェニックs──じゃなくて、バーニング・バードの我だって理不尽なことに会うこともあるのだぞ?」


「……焼き鳥にされることとか?」


「ええい、その通りだ! 文句あるのか人間!」


 俺は思わず笑った。

 確かに「火を司る伝説の鳥が焼き鳥にされる」など、この上ない理不尽だろう。

 そう考えると、上司の八つ当たりはそこまで大層な話ではないようにも思えてしまった。


「それにお前も、店員に対して八つ当たりしていたではないか。人のことを言う前に自分の振る舞いを正すべき──ぎゃああああああああああああああ!」


「ん、お前って意外と美味しいんだな。肉質も柔らかいし」


「喋ってる途中にぎゃあああああ我を食うでないぎゃあああああああ!」


「うるせぇ。説教されるくらいなら食った方がマシだ」


「ぎゃああああああああああああああああああああああああ!」


 俺は自称バーニング・バードとやらを次々と口に放り込み、キンキンに冷えたビールで胃に流し込んだ。

 ……これで、完食。

 俺は会計を済ませるべく、立ち上がる。

 レジの方に行くと、「研修中」の札をつけた女性店員が俺を出迎えた。


「お、お会計で、よろしい、でしょうか?」


 俺が頷くと、彼女はレジを操作し始める。

 しかし慣れてないのか、何度ボタンを押しても料金が表示されない。

 店員は慌てた様子で操作を続けるも上手くいかず、結局は電卓を取り出して計算を始めた。

 そして、やっと料金を言う店員。

 俺はちょうどの金を置いて、


「レシートは要らないです」


 それと、もう一言だけ添えることにする。


バーニング・バード焼き鳥、美味かった」


 そう言い残し、俺は店を後にした。

 外に出ると、ところどころに水溜まりができている。通り雨が降ったのだろうか。

 空気がジメジメするが、その湿度が妙に心地良い。


「……帰るか」


 何の気なしに呟いて一歩踏み出した時、体の内側から声が響いた。


「ふむ、汝の寝ぐらを見てやるとしよう」


「お前まだ喋れたのかよ」

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バーニング・バード 茶介きなこ @chacha-chasuke_kinako

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