娘とひよと命の意味と

@aqualord

第1話

「ひよ、最近あんまり卵を産まないね。」


娘が朝食の目玉焼きをみながら妻に話しかけた。


「そうねえ。」


妻は、忙しく動かしていた手を止め、思案顔で応じた。


「もう、おばあちゃんだから。」

「何歳だっけ?」


私も話しに加わる。


「私が幼稚園に入った年に飼い始めたよ。」

「じゃあ、もう7歳か。」

「ニワトリの寿命は10年てきいてたけど、もう十分おばあちゃんよね。」


ひよはご近所の農家で産まれて、我が家にもらわれてきた。

幼稚園に娘が入った年、娘は私との散歩中にあるお家の前を通りかかり、庭にいたひよこをみつけて「可愛い」、といってそのお家の前から動かなくなった。

それを、どこからか見ていたそのお家のご主人、川口さんが1羽分けてくれたのだ。

それ以来我が家の庭でひよは暮らし、娘が世話をしている。

もちろん、娘1人では何もわかるはずがないので、折に触れ娘は川口さんに世話の仕方を教えてもらいに行っている。


幸いひよはメスだったので、卵も産んでくれ、我が家の食卓にも上っていた。

しかし、毎日のように卵を産んでくれた時期は既に過ぎて久しい。


「どうしたらまたひよが卵を産んでくれるのか,学校の帰りに川口さんに聞いてくるね。」


娘が目玉焼きを頬張りながら妻に話していた。

娘が川口さんから何を聞かされるか、田舎育ちの私には想像がついたが、あえて黙っていた。


早めに仕事を終わらせ家に帰ると、娘がひよを抱いて泣いていた。

妻は、「川口さんに、卵を産まなくなったのならひよを食べたらいいと言われたらしいの。」と説明した。

妻は都会育ちだ。


私は娘の隣に座り、声をかけた。

川口さんは農家の方で、お米や野菜を育てるのと同じようにニワトリを育てていること、日頃自分たちが口にしている肉も、魚も、野菜も全て生きている命であったことを伝えた。


娘は私をかたきを見るような目で見た。

だが私は話しをやめなかった。


そういえば、娘は焼き鳥が好物であった。

娘は焼き鳥をおかずに夕食をすませたあと、私の晩酌のあてにととってあった分までおねだりしてきたことは何度もあった。


この話しをすると、二度と娘は焼き鳥を口に出来ないかも知れない。

だが、娘がこれから、命を慈しむ人間になってほしい、食べ物を粗末にしない人間になってほしい私はそう願って話を続けた。


そう、ひよを飼い始めたあの日に誓ったように。



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