新入社員・御堂玲子の呟き

彩京みゆき

第1話

 それは、新入社員歓迎会という名目の飲み会での事。大衆居酒屋というやつだろうか?気取らず気軽な雰囲気の店だった。

 そうそう、いかにもオジさん達が好みそうな…。

 私、御堂玲子みどうれいこは、この四月から入社したばかりの新入社員だ。


 先輩の宝田さん(35歳)が、皿に綺麗に盛り付けられた焼き鳥の一本を手にしながら言った。


「この間さ、うちの嫁に『たまには焼き鳥が食べたい』って言ったんだよな。

 そしたらさぁ、その日の晩に、クックパ○ドを見て作ったらしい、手作り焼き鳥が夕飯に並んでてさ、違うっつーの。

 こっちは小さい赤ん坊のお守りもしながら仕事もしてんだっつーの。2ヶ月だよ?夜泣きするんだぜ?

 隣の部屋で寝てても鳴き声うるさいってーの。熟睡出来ないし、家に帰っても嫁がピリピリしてて癒されないってーの。

 違うんだよ、俺が食べたい焼き鳥は、こういうんだよ…」


 その言葉に、私はガタリとその場を立ち上がった。



***


「ちょっとそれは違うと思いますよ!

 子供が2ヶ月!?

 それなのに手作りの焼き鳥を用意して待ってくれてる奥さんなんて凄くないですか!?

 私はまだ育児の経験はありませんが、姉に子供がいるので少し手伝っただけでも大変さは分かります!

 夜泣きがうるさいって!?

 宝田さんはその時何してるんですか!?

 仕事が忙しいって。それは本当にご苦労様です。奥様もそこには感謝されていると思います。

 でも、育児ナメんな!

 2ヶ月って言ったらまだ24時間営業中だ。

 あなたは夜中中、子供をあやして起きていた事がありますか!?

 オムツ交換しましたか!?ミルクをあげた事がありますか!?

 無いんですか?無いんですね。

 それなのにこの飲み会に快く送り出してくれた奥様、素晴らしいじゃないですか!

 ここでグダグダ文句言ってる暇があったら、今すぐ帰ってオムツ替えてミルクでもあげてください。

 はい、私は充分歓迎されましたので、歓迎会終了でオッケーです!!」


***


 と、そこで私の全妄想は終わった。


 ガタリと席を立った私は、

「すみません、ちょっとお手洗い…」

 と、小さな声で皆をかき分けてトイレに向かった。


 『落ち着け、落ち着け…』

 と、洗面所の鏡に向かって心で呟く。


 結局は何も言えなかったな…なんて、当然か…。

 なんて思いながらも。

 私、御堂玲子は、これからの社会人生活と、いつか現れるかもしれない結婚相手に思いを馳せたのであった…。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新入社員・御堂玲子の呟き 彩京みゆき @m_saikyou

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ