桟敷席の孤独
いもタルト
第1話
SF作家のZ氏は、さっきからずっと困っていた。
今、親指と人差し指で挟んでいるものを、これからどうしたものやらと考えあぐねていたのだ。
彼は現在、とある焼き鳥居酒屋にて食事中である。
普段なら、決してそんなところに行くことはないが、お世話になっている出版社の忘年会なものだから、断ることができずに窮屈な思いをしているのである。
桟敷席の、20人が一堂に座れるかというテーブルでは乾杯も済み、各々近くに座った者同士で会話に花を咲かせていた。
そんな中、壁の花ならぬ桟敷席の孤島よろしく、Z氏だけが、渋い表情で焼き鳥の串をつまんでいた。
偏屈者の多い作家の中でも、極端な変人で通っているZ氏である。
こうなることは始まる前から予想できたが、氏だけが、ポツンと会話の波から取り残されていた。
氏の正面及び左右の席には、担当編集者を含めた出版社の社員がちゃんと座っているのだが、誰一人として彼に話しかけるものはいなかった。
酒も飲めないから、仕方なく大皿から焼き鳥の串を一本取って食べたのだが、そこではたと困ってしまった。
この串はどこにやったらいいのだろう?
世間に疎い彼は、こういう店に来るのは初めてである。
他の人を見ても、みんな飲む方と喋る方に忙しくて、まだ誰も焼き鳥に手をつけていない。
どうしたものかとテーブルを見回してみる。
団子入れと書かれた壺はあるが、他にそれらしいものはない。
ここであっさり種明かしをしてしまおう。
Z氏が団子入れだと思ったものは、串入れである。
串という字を、団子が串に刺さっている図案だと思ったのである。
彼の右隣には、担当の女性編集者がいた。氏に後ろ頭を見せて、なにやら熱心に話し込んでいる。
この女史、なかなかに綺麗ではあるが、学歴の高いのを鼻にかける傾向にある。
特に変人ゆえに常識的なことに疎い氏を小馬鹿にすることはしょっちゅうだ。
Z氏は、しばらく彼女の後頭部の中心にある、お団子ヘアを見ていた。
やがて得心したように、そっとそこにかんざしを刺してあげた。
そして腹いっぱいになるまで焼き鳥を食べてやった。
彼女は帰宅後、飲み過ぎたのを後悔した。
いくらなんでも、大量の焼き鳥の串をかんざし代わりにして持ち帰るなど、どうかしている。まるであの変人作家みたい。
桟敷席の孤独 いもタルト @warabizenzai
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