二章②
「華ちゃんの成績が悪いのって、そういうところが問題じゃない?」
悪意なく毒を吐く鈴に、華もうっと言葉を詰まらせる。
「鈴、さすがにそれは言いすぎでは?」
「違うの?」
こてんと首をかしげる鈴に、華も降参せざるを得ない。
なにせまぎれもない事実であると、華自身、自覚がある。
「違わないかも……」
それはもう深いため息を吐いて落ち込む華。
「ほら、始まるよ、華ちゃん」
鈴が指を差した方を見てみると、生徒が術者に促されて式神を出していた。
術者は、その式神を確認しながら手に持つメモになにやら書きこんでいっている。
「最初は式神の強さの確認らしいよ」
「へぇ。でも、式神の能力をおいそれと教えたりなんかして、危機管理やばくない? 手の内を見せるなんて、対策してくださいって言っているようなものじゃない」
華が
「でも、式神の能力をある程度把握しておかないと、どの任務につけたらいいか分からないよ? 苦手とするタイプの
「あ、あー、それもそっか……」
鈴に指摘されて華は複雑な顔をする。
ここ最近は、妖魔ではなく人間を相手とした戦いが多かったせいか、自分の手の内を見せることに危機感を持ってしまっていた。
だが、術者の敵は妖魔と考えるのが普通である。
同じ術者への対策を
妖魔を相手とするなら、鈴の言う通り、協会は術者の能力を把握しておかねば、逆に術者を危険にさらす。
「完全に朔のせいで毒されてるわ……」
彼岸の
そういう問題は五家の当主や漆黒レベルの術者が対応するものである。
間違っても、術者協会に属してすらいない学生の華が関わる案件ではないのだ。
「私いろいろ感覚がおかしくなってるわ……」
「どうかしたの、華ちゃん?」
「なんでもない……」
華が地味に落ち込んでいたタイミングで、鈴の名前が呼ばれる。
「あ、私の番だ。行ってくるね」
「頑張って」
「うん!」
ひらひらと手を振ってから下ろし、一人になった華は難しい顔をした。
「葉月以上に、私の方が普通の生き方するの難しくない?」
今になって気づく新事実。
おかしい。平凡を望んで力を隠して来たというのに、朔と結婚して以降、華の中にあった素晴らしき計画が
ゆっくり崩れていたというより、ガラガラと勢いよく崩れていたのに気づいていなかったという気持ちだ。
「私の平穏がぁぁぁ」
華はたまらず頭を抱えた。
「次、一ノ宮」
「…………」
『あるじ様~』
「おっと私か」
舌ったらずなあずはの呼び声で華ははっとする。
自分の名前を呼ばれたのだとようやく気がついた華は、いまだに『一ノ宮』と呼ばれることに違和感があってならない。
だがまあ、よくよく考えれば朔と結婚して一年と経っていないのだからそれも当然である。
反応が遅れつつも、呼んだ術者の下へ向かう。
そこには、男女二人の術者と、何故か雪笹もいた。
「なんであなたがいるの?」
「そりゃあ、問題児を相手に、術者一人だけじゃ荷が重いからこんだけ集まってるんじゃん」
「誰が問題児だ!」
まったくもって心外だ。
問題児というなら、どちらかというと雪笹の方が当てはまるのではないかと思う。
「しょっぱなから
自分の腕を強く摑まれてアザができた件は許せても、大事なあずはに手を出したことは万死に値する。
「あなたが
「いや、そこは朔頼りなのかよ」
即座に雪笹のツッコミが返ってくる。
「当ったり前じゃない。虎の威を借る狐のスタンスなの。だから面倒ごとは朔に任せる。きっと証拠も残さずやってくれるだろうし」
ふふふふっと真っ黒な笑みを浮かべる華に、雪笹は顔を引きつらせる。
「怖っ! 華に頼まれたら朔のやつが本気でやりそうなところが一番怖いんだけど」
雪笹はそっとお腹をさすっていた。
華に絡んだ結果、お仕置きと称してお腹に一撃を与えられた古傷を思い出しているのかもしれない。
華としてはいい気味だ。
「普通は相手に心配をかけまいと健気に一人でなんとかしようと思わねぇ?」
「まったく」
最高の切れ味で、雪笹の疑問を切り捨てた。
「一人で抱え込んで精神的に負担をかけるより、朔にチクった方が早いじゃない」
早期解決。なんと素晴らしい言葉だろうか。
そもそも喧嘩を売ってきた方が悪いのだから、持ちうるすべてのコネと力を駆使して撃退されても、文句など言わせない。
もし文句があったとしても、それならそれで、最初から喧嘩を売ってくんなや! と、返すだけである。
「うん、正論なんだけど、もう少しドラマチックにだな──」
「そもそも、健気なんて言葉と私が結びつくと思う?」
「ないな」
雪笹の言葉に
「即答されるのもムカつくんですけど!」
その時、くっと笑う女性の声が聞こえた。
華が目を向けた先には、ここまで存在をすっかり忘れていた男女二人の術者がいる。
笑っているのは女性の方で、鎖骨ほどの長さの茶髪を緩やかに巻き、目鼻立ちがはっきりとした知的な雰囲気を持っている。
まさにクールビューティという言葉がよく似合う。
彼女の隣にいる男性は、女性とは真逆の素朴で平凡な印象だ。
特徴を言えと言われたら困ってしまうほどに、周囲に
あえて特徴をあげるとしたら、穏やかな雰囲気をまとっているところだろうか。
しかし、あの葛も見た目こそ穏やかで、漆黒最強などという呼び名からは想像できない優しい雰囲気を持っていた。
それなのに、後に彼が引き起こした事件では、穏やかや優しいなどとは真逆の残虐性を見せたのである。
見た目だけで人を測ると痛い目を見る、見事な代表例だ。
平凡そうだからといって、そのまま受け取るわけにはいかない。
実際、彼の首から下げられているペンダントの色は
兄の柳と同じ
術者の中でもかなりの実力者であるのは疑いようがない。
そして、女性の方もつけているペンダントは瑠璃色だった。
漆黒の雪笹に、瑠璃色の術者二人とは、なんとも豪華なメンバーである。
しかし、そんな人達に囲まれていても、華は気後れする様子など一切なく、堂々とその場に立っていた。
普通の学生なら華のようにはいかない。
「雪笹相手にここまで言いたい放題できる子なんて貴重すぎて笑いが止まらないわ。あははははっ!」
クスクスと品よく笑っていたかと思うと、
少なくとも華を
「こらこら、
雪笹のずいぶんと親しげな態度に、華はきょとん顔だ。
「知り合い?」
華が聞くと、雪笹はニヤリと意味深に笑う。
またなにか変なことを
「こいつは朔の元カノ~」
実に楽しそうに満面の笑みを浮かべる雪笹に対し、親指で指された芙蓉と呼ばれた女性は嫌そうに
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結界師の一輪華 クレハ/角川文庫 キャラクター文芸 @kadokawa_c_bun
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