一章②

 やさぐれる華だが、昔はちゃんと優秀と言える成績を取っていた。

 しかし、あまりにも周囲から期待されず、無能だと陰口を叩かれ、両親への失望から、それまで頑張っていた勉強をしなくなった。

 頑張ればテストで満点とまでいかずとも、上位に並ぶ程度には地頭はいいのである。

 ただ、やはり両親のせいで、今なお努力することに無意味さを感じてしまっている。

 とはいえ、これでも以前よりはましな方なのだ。

 朔と結婚する前は、勉強など絶対するか! とやけを起こして、授業中も寝てばかりだったのが、今はテストの点を気にするようになり、予習復習をするぐらいには勉強をしている。

 だが、あまりにブランクがありすぎて、すぐやる気がどこかへ飛んでいってしまうのが難点だ。

 集中力が続かず、すぐ別のものへ興味が移ってしまう。

 ゲームとか漫画とかアニメとかゲームとか。

 娯楽がありすぎるのが悪いと華は責任転嫁する。

「確かに術者の家系に生まれたやつが縁故採用されることは珍しくないが、それにも限度がある! お前の成績でこんな一流企業に入れてもお荷物になるだけだ! しかも当主の妻なんて採用したら気を遣って周りが困るだろ」

 びしっと遠慮なく告げる雪笹は、しっかりはっきり口にしないと華には伝わらないと思ったのだろう。

「そんなの入ってみないと分からないじゃない」

「これ見りゃ十分だ」

 否定する華だが、雪笹は華に赤点の答案用紙をひらひらと見せつけてくる。

 なんという嫌がらせか。

「かなり勉強してこの成績だったんだろ? 諦めて術者協会に入っとけよ。な? 華なら漆黒も夢じゃないぞー」

「いーやーだー」

 駄々をこねるように耳をふさいで雪笹の言葉を聞こえないようにする様子は、まるで小さな子供だ。

「まじで朔のやつ、女の趣味変わったよなぁ。俺なら役割終えたら速攻離婚してんぞ。手に余る。お前、朔の弱みとか握って脅してないよな?」

「本人を前に失礼すぎない? てか、あんたの好みはどうでもいいんだけど」

 華はじとっとした目を向ける。

 雪笹が冗談で言っているのは、楽しそうにニヤついた顔で察せられた。

 しかし、自分では散々離婚だと朔に言っているものの、他人から離婚の話を出されるとなんだかむかっとする。

 五家の次期当主を相手にしても、されることなくポンポン言い返す華の様子を見ていた担任は、あきれ顔で柳に話しかける。

「おい、いち。お前の妹、本当にお前の妹か?」

「ああ」

「お前と性格違いすぎんだろ。お前の真面目さを少し分けてやれよ」

「無理だな」

 なにやら親しげに話す二人に、華はおや? と目を丸くする。

「なんかお兄ちゃんと先生、気安いわね。知り合い?」

「術者協会に入った時の同期だ」

 同期というわりには淡々としている柳から、担任に視線を向けると苦笑される。

「同期といっても、最年少でいろを得たやつと同じに思わないでくれよ?」

「Cクラスの担任押しつけられちゃうくらいだしね」

「うっ……」

 華の遠慮のないツッコミに、担任は地味にショックを受けたようだ。

 生徒を成績でクラス分けするのと同じように、教師もその実力によって担当するクラスが違ってくる。

 それはそれで当然の理由があり、実力のあるAクラスを、実力の劣る教師が教えたところで生徒の身にはならないのだから仕方ない。

 国を守る大事な次代の術者を育成するので、いくらCクラスの担任といえども教師は全員それなりに実力のある人達ではあるが、やはり優秀なAクラスを担当する教師と落ちこぼれのCクラスを担当する教師とでは、力に差がある。

 現在Cクラスの臨時講師をしている雪笹が例外中の例外なだけだ。

 臨時とはいえ、普通は漆黒の術者が教えに来るなんてあり得ない。

 第一学校以外でも漆黒が教えているなどという話は聞いていないので、絶対に雪笹が朔と結婚した華に興味を示した結果だと思っている。

 落ち込んでしまった担任を見て、華は丸めた冊子でぽこんと雪笹に頭をたたかれた。

 痛みはまったくない。それ以上言ってやるなと黙らせるためだろう。


    ***


 三者面談では結局華の意見と他三人との意見が合わず、結論は出ないまま次の面談が控えているからと終えることになった。

 術者になれ、ならない、で雪笹と激しく言い合いをしていた華はやや疲れた顔をしている。すると一緒に教室を出た柳が腕時計で時間を確認していた。

「お兄ちゃん、次は葉月の面談?」

「ああ」

「葉月の面談なら問題なく進みそうね」

 あの優秀な双子の姉の葉月は、もともと才能があるのに、努力も惜しまない。

 まあ、毒親代表のような両親から努力を強制されていたからではあるが、そうでなくとも葉月ならば問題なくAクラスになっていたはずだ。

 そんな葉月は、術者協会からの勧誘がすでにあるらしく、葉月自身もそれを受けるつもりでいると以前に話していた。

 他の生き方を知らないから。という、華からしたら両親を往復ビンタしても足りぬ理由なのが悲しい。

 しかし、どちらにしろ、人型の式神を持っている葉月を術者協会が逃すはずがないのは明白だ。

 今、断固拒否している華とは少々違うが、術者協会にロックオンされている状況は同じと言える。

「ああ……。優雅な老後生活が遠のいていく……」

 代わりに術者協会があみを持って迫ってくる幻想を抱きながら嘆いていると、これまで反応のなかった葵と雅がすっと現れる。

あるじ、もうあきらめた方がいいんじゃねえか?」

「葵まで……」

 まさか葵がこんなことを言い出すとは思わなかったので、驚く華に柳が続ける。

「俺も同意見だ」

「お兄ちゃんも?」

 恨めしげに見上げる華を前に、柳はなにを考えているか分からないいつもの無表情な顔のまま、冷静に話す。

「術者協会が華の力を知って放っておくはずがないのは、多くの人の前で力を使った時から分かっていたことだろう? それでも華は隠す選択ではなく使う選択をした。そんな華の進路として選択できる未来は、術者になるか朔様の嫁としてぐーたら生活を送るかぐらいだ」

「ぐーたら生活……」

 それはなんとこころかれる言葉だろうか。

 式神達と悠々自適にのんびりお菓子を食べながら、ゲームにいそしんでいる姿が頭をよぎり、いいかもしれないと心が激しく揺らいだ。

「それもよろしいですねぇ」

 雅は乗り気だが、葵は何故か顔を引きつらせている。

「それは絶対駄目だ!」

 前のめりになって否定する葵はいつになく真剣だ。

 華の将来設計にこれまで否を突きつけることがなかっただけに驚きだった。

「どうして? 優雅な老後は諦めろとか言っておいて」

「主の才能をかすなら術者も悪くないって思ったからだ。でも一ノ宮の嫁でいたら、もれなくあのエロじじいと椿つばきがくっついてくるじゃんか。許せるわけないだろ!」

「あー、確かに」

 ぐーたら生活のことで頭がいっぱいになっていた華は我に返る。

 葵が全力で嫌がっているのは、どちらかというと朔より椿の方だろう。

 しかし、正直、華としては椿が一緒にいることは問題ない。

 問題は朔である。

 朔は華の反応を楽しんでいるふしがあり、そんな朔に今後もほんろうされ続けるのはしやくである。下手にぐーたら生活と喜ぶわけにもいかない。

 それによくよく考えれば、そんなのんきに過ごすのを、あの厳しい美桜が許すはずがなかった。

 ここぞとばかりに、一ノ宮の嫁とはなんたるかを叩きこまれるだろう。

「やっぱりのんびりするには離婚が現実的か……」

 回り回って、結局当初の目的通りの離婚という答えに行きつく。

 術者協会に入ったら酷使されるのが目に見えている。

 けれど、希望した会社は無理だと進路希望の紙をゴミ箱に捨てられた以上、堅実に華でも入れる会社を探した方がいいのかもしれない。

 離婚すれば、当主の嫁だからと気を遣われることもないだろう。

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