一章①

 はなは現在こくよう学校の三年生。

 それはつまり、卒業を控えていることを意味する。

 黒曜学校は高校のみで、大学は存在しない。

 ただ、五家が運営する私立の大学もあるにはあるので、黒曜学校の生徒の中には、そちらの大学に進む者もいる。

 とはいえ、どちらかというと、術者協会に就職する者の方が多い。

 特に実力者がそろうAクラスともなると、術者協会以外の選択肢を考えている者の方がまれだろう。

 術者協会ではなく大学に進みたいと言おうものなら確実に引き止められる。

 それとは反対に、実力の劣るCクラスの生徒は大学に行って五家のどこかの会社に就職する方が安全だと一度は助言される。

 もしくは、特別要員として術者協会に所属し、普段は普通の会社員として働きながら、緊急要請があった時のみ術者として動くのだ。

 完全に術者としてのみ働く者や、術者の世界との関わりを完全に断って生活する者より、術者と一般人の生活を両立している者の方が案外多かったりする。

 これまでの華は助言されるまでもなく、進路希望の用紙には当然のごとくいちみやグループのいずれかの会社名を記入していた。

 落ちこぼれとされてきた華に対し、一般人として生きる進路に否を突きつける教師などこれまでいなかった。

 むしろ術者になりたいと言い出していたら、教師は全力で止めていただろう。

 だが、華が人型の式神二体のみならず、犬神という本当の神様をも使役下に置いていると周知されては、担任として見過ごすわけにはいかない。


 普段見慣れた教室内で、華の進路相談のための三者面談が行われている。

 両親は遠いどこかへ行ってしまった以上、華の保護者として出席などできないし、来たとしても、おとといきやがれと華がおしりり飛ばして追い返しただろう。

 なので保護者として出席できるのは夫である朔か、義母であるになるが、五家の当主である朔は多忙ゆえに難しく、美桜はのぞむの面談の方に出席するので不可能だった。

 望と面談時間がかぶったことに心からあんした華が、ガッツポーズをしたのは内緒である。

 なにせ、まだ美桜には華の成績を教えていないのだ。知られたらどうなるか……。考えるだけで恐ろしい。

 そのままお説教コースまっしぐらなのは火を見るよりも明らかなのだから。

 そこで、面談時間が双子の姉のづきとずれていたことから、兄のやなぎが出席してくれることになったのだが、正直華は一人でもよかった。

 それなのに朔が成績を含めた華の状況が気になるからと、柳というスパイを送り込んできたのである。

 きちんと保護者となり得る人間がいるのに出席させないのも、教師からの家の印象が悪くなるかと、華は仕方なく受け入れるしかなかった。

 そうして挑んだ三者面談。

 華は早速、一ノ宮グループの企業名をずらりと並べた進路希望の紙を意気揚々と差し出す。

 すると、それを確認した担任は沈黙し、何故かこの場に同席しているゆきざさに用紙をぐしゃっと丸められ、ぺいっとゴミ箱に投げ捨てられた。

「ちょっと、なにしてるのよ!?」

 椅子から立ち上がって憤る華に、雪笹はあきれを多分に含んだまなしを向ける。

「なにしてんだってのはこっちの台詞せりふだっての。お前、進路希望は真面目に書けよ」

「ちゃんと書いてるじゃない。大真面目よ!」

 華はゴミ箱へぐしゃぐしゃにされた用紙を取りに行くと、席に戻って机の上でれいにしわを伸ばし始めた。

 何日もかけて、どの会社がいいか念入りに下調べをした上で書いた進路希望だというのに、もっと丁寧に扱ってもらいたい。

「人が一生懸命考えた進路希望になにしてくれてんのよ」

 ぶすっとしながらぶつぶつと不満を口にする華に、雪笹は厳しい現実を突きつける。

「それを一生懸命考えたっていうなら、余計に悪いだろ。朔はなにしてやがんだよ。止められなかったのか?」

「私の進路に朔は関係ないでしょ。一応の一応は夫だけど、私の未来を決める権利は私にしかないんだから」

 いくら書類上は夫だろうと侵害されていいものではない。

「夢と現実は違うってことを教えてやるのははんりよの役目だっての。なあ、柳?」

「そうですね。ですが、華がその道に進みたいというなら、私は応援します」

「お兄ちゃん……」

 まだまだ柳との間には気まずさとぎこちなさがあるものの、これまで感じてこなかった兄の優しさに華は感激する。

 しかし、そんな柳の手元に、雪笹は何枚かの紙の束をたたきつけた。

「兄馬鹿なのは結構だが、これを見てからもう一度言ってみろ」

 不思議そうにしながら柳はその紙に目を走らせる。

 それに従い口元を引きつらせているのが見てとれ、表情の分かりづらい柳にしては珍しいなと、華が横から柳の持つ紙をのぞくと……。

 なにが書かれているのかと思えば、ここ最近の華のテスト結果だった。

 これには華も悲鳴を上げるしかない。

「ぎょわああ! なんでお兄ちゃんに見せるのよ! 許可もなしに、プライバシーの侵害でしょうがっ!」

 ギッと雪笹をにらむ華だが、その程度で漆黒の術者である雪笹がひるむはずもない。

「保護者には知る権利があんだろ。そもそもプライバシーなんて言ってる場合か。もっと危機感を持て。お前まじその点数はやべーぞ。もっと勉強しろって」

「ちゃんと勉強はしたわよ。してそれなのぉぉぉ!」

 華の悲しい悲鳴が教室内に木霊こだまする。

 両手で顔を覆う華は、雪笹と担任からのあわれみを含んだ眼差しを感じた。

 そっと柳をうかがい見れば、華の赤点祭りのような結果を手にしながら目を閉じている。

 なにをしているのかと不思議に思っていると、少し時間を置いてからゆっくり目を開け、紙を静かに置いた。

 そして、これまで見たことのないいたわるような微笑みを浮かべ、華の肩に手を置いた。

「華、一ノ宮グループに就職するのはあきらめなさい」

「お兄ちゃんにまでさじ投げられた!?」

 華としてはかなりの衝撃である。

 朔はまだしも、柳は自分の味方をしてくれるとどこかで思い込んでいたので、ショックは大きい。

「ほれ見ろ。現実が見えてないのは華だけだって」

 雪笹の痛い指摘に静かにうなずく柳と担任。誰も否定してくれない。めんである。

 この孤立無援の中どう戦おうかと、背後に視線を向ける。

 そこには姿は消しているが、あおいみやびがいるので助けを求めた。

「葵~、雅~。なんとか言ってやってよ」

 しかし、返ってくるのは沈黙のみ。

 普段は華こそが唯一と言っていいほど華至上主義だが、そんな二人すら決して姿を見せて味方をしてくれない。

 式神にも見放された術者など、笑い話にもならないではないか。

「やばい、敵ばかりだ……」

 心を傷つけられた華に、さらに雪笹は追い打ちをかける。

「あのなぁ、別に一ノ宮グループ傘下の企業に入りたいのは問題ねえよ。実際、Cクラスの中にも同じような進路を希望してるやつもいるからな」

「だったらなんでよー」

 唇を突き出してくされる華に、雪笹も普段と違い真面目に説明した。

「お前が書いた希望はどこもグループ企業の中でも特に大きな規模の会社じゃねえか。なんでそこを選んだ?」

「年収がいいから!」

 即答である。

 それ以外になにか理由があるのかと言い出しかねない勢いだ。

 面接でそれを言ったら確実に落とされる志望動機に、雪笹も頭を抱える。

「そんな一点の曇りもない目で言われると、俺が間違ってるのかと思えてきた……」

「諦めないでしっかりしてください」

 冷静な声で激励する柳に、雪笹も文句がこぼれる。

「しっかりもなにも、お前の妹だろうが。なんで、お前も姉の方も優秀なのに、妹だけこんなに成績悪いんだよ」

 その言いようは、華の地雷を踏んだ。

「へんっ、どうせ葉月のらしですよーだ」

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