異世界少女達の尊瞬

ホイスト

ウォル・ティサ

「ウォルちゃん、紅茶でも飲んで見るかい?」

祖母は紅茶が好きだった。

「おばあちゃんが入れてあげるから、ほれ、飲んでみな」

そんな祖母は私に良く紅茶を勧めてきた。

何となく嫌だった私は毎回断っていたのだが、その時は飲んでみたくなった。

いつも机の下から見ていた紅茶はコップで、中身なんて見えていなかった。

その日はおばあちゃんの膝に座っていた。

ティーカップに注がれる紅茶は、透き通った色に空が反射していた。

違う世界を見ているようだった。

「きれい……」

「────そうだろう」

おばあちゃんは気を良くして、そこから色んな紅茶知識を語ってくれたけど、私は殆ど聞いていなかった。

でも、その時の最後の言葉はよく覚えている。

「私はね、うれしい時に紅茶を飲むんだよ」

「そうなの? でもおばあちゃん毎日飲んでるよね?」

「ああ、そうさ。つまり────」


家族が目の前の墓に供えようとしている紅茶を見ると、いつもその記憶がよみがえる。

その墓の隣には、同じように紅茶が置かれている。

祖母が亡くなったのは私が小学校を卒業するころだった。

母が替えの茶葉とお湯を持っていくと、眠るように息を引き取っていたそうだ。

紅茶は無くなっていた。

それからしばらくは、紅茶を飲む度に涙が滲んでいたが、それでも飲むのはやめられなかった。

思い出さないより、思い出す方がいいのだ。

そして、それから4年ほど経って、私も亡くなった。

交通事故だった。

ふらふらとした車は赤信号で徐々にスピードを緩め、そして急加速した。

たまたま見ていた私は、少し目の前を歩いていた友達を何とか蹴飛ばすことしかできなかった。

その次に、私の視界は横に急速に動き、最後に見えたのは、空に光る紅茶のような血だった。

飲酒運転だ。

酔って朦朧とした運転手は赤信号が目に入って徐々にスピードを緩めたが、ブレーキと間違ってアクセルを踏んだ。

私は救急車で運ばれたが、その最中に亡くなった。

友達は擦り傷で済んだようだ。彼女を救えたのは、私の人生において最も輝いた瞬間だろう。


私がそんなことを思い出していると、家族は食事に行くことにしたようだ。

近くに美味しいパスタ屋があるらしい。それも持ってこい。

「私はもうちょっとお姉ちゃんと一緒にいるね」

妹────ロナはそう言い、家族を見送った。

そして私に向き直りこう言った。

「出来上がったパスタなんか持ってきたら変人家族でしょ。これで我慢して」

ポーチからスコーンの入った袋を取り出して私に向ける。

「仕方ないな。あ、紅茶も取って」

「自分で取りなさいよ全く……」

私はロナから向けられたスコーンと紅茶を手でつかみ、手前へ引いた。

すると、半透明になったそれらが手に付いてきた。ロナの手にもってる物は消えてない。


私は空に飛び散った血を見て気を失った後、運ばれている最中に目が覚めた。

目の前にはぐちゃぐちゃな私の体。腹の奥から叫び声が出たね。

友達を蹴り飛ばした姿勢で跳ね飛ばされたからかなり大変な方向に曲がっていた。足が。

私はその時から、なぜか精神だけこの世界に生き残ってしまった。

動ける範囲は体のある場所から半径5メートルほど。

そしてなんと、お供え物は分身のような物を取って食べることが出来る。

つまり、出来上がったパスタさえ持ってきてくれれば私も食べられるのだ。

「毎回持ってきてくれる紅茶は大満足で全く文句ないが、他にも食べ物持ってきてくれたらなぁ」

「だからこうやってスコーン作ってきてあげたでしょ? 文句言わない」

「ありがとうございます」

私が亡くなった時、母ばロナを身ごもっていた。

私が墓に埋められてから少しして、生まれた彼女を見せに来てくれた。


「フォル、あなたに妹が出来ましたよ」

母は私の墓に向かってそう報告しているよそで、ロナは私の方に腕を伸ばしていた。

(かっわいい~~。えー私も抱きたかった)

そう思い頬をツンツンとしてみたら、なんと私の指にそって頬がへこんだのだ。

うっそ、と思っていると今度はロナが私の指を掴んだ。

その小さな指は暖かく、暫く感じていなかった人の感触に涙がこぼれた。

ロナはどうやら私の様な幽霊が見える様で、実はこの墓には他にも沢山いるらしい。

ちなみに、隣の────おばあちゃんは見えないそうだ。恐らく、既に天へ行っているのだろう。

あ、私は他の霊が見えない。1人寂しくここにいる。


「あ、お姉ちゃん。私この前の身体測定で160㎝越えちゃった」

「は?」

ロナはてへ、と舌を出してウィンクしてきた。

お母さんも私も小学校の時に成長が止まってしまったというのにこいつは……。

「あ、あっそ。まあ、私の方が胸囲あるから別に気にしてないけど」

「は?」

ロナはもう見上げるほどだが、とある物が無いので下から見上げても顔が見える。

「ふーん? そんな事言っていいんだ。実はもう一個おかしあるのに」

ロナはそう言ってポーチから飴の入った容器を取り出した。

「な、え、ずるっ。勝利を確信して煽ってきたな!」

「なんのことかなぁー?」

ロナは呆けたことを言って飴を高く掲げた。

がんばってぴょんぴょんするがとれない。

「……目の前でばるんばるんされると腹立ってきた」

「あんたがそうするからでしょ!? 嫌なら下ろしなさい!」

「いやでーす。胸囲について謝るまでおろしませーん」

「くっならば……」

「え、ちょ、お墓の上に乗るのは危ないし反則────」

「ロナちゃん?」

二人してびくっと声のした方を見ると、綺麗なお姉さんが花を持って立っていた。

……私の友達、テナだ。

「テナさん……あ、これはちょっと、その」

「ロナちゃん、前々から聞いてるけど────そこに誰かいるの?」

こういうシーンを見られるのは初めてではない。見られるたび、ロナは一人芝居で遊んでる、と言い訳している。

「いや、えっと────」

「あっ」

私はそこで足を滑らせてしまった。前に倒れる。

「────っお姉ちゃんあぶなっ!」

ロナは私を何とか抱き留めるが、そのまま後ろに倒れてしまう。

「っごめんロナ! 大丈夫?」

「だ、大丈夫だよお姉ちゃん。だから危ないって言ったのに……」

ばさ、と何かが落ちる音がした。

その音の元にはテナが居て。

「髪が……浮いて……!」

私の腕にはロナの髪が掛かっていた。私たちから見れば、それだけだが、傍から見ればそれは。

「しかも、お姉ちゃんって! やっぱりそこには!!」

テナが私たちの近くに駆け寄り、ハイヒールが引っかかってこける。

「いっ……」

「て、テナ! 大丈夫?」

聞こえないとわかっていても声掛けてしまう。

テナは顔を上げてこっちの方を見る。

「ウォル、ウォル! ごめんなさい! 私が居なければ、私がもっと先に居れば、あなたは逃げれたかもしれないのに……!」

テナは顔を涙で濡らして、嗚咽交じりに懺悔を言う。

テナはもともと、人と関わるのが苦手で暗い子だった。

小学校でクラスに馴染めず、隅で本を読んでいた彼女が仲間外れの様に感じて、私は声を掛けた。

「テナちゃん! この本読んで!」

「っ!? っ、ぇ?」

「私、よく読み方わからない字が多くて、お願い!」

「っ!? こ、声にだして読むってこと!?」

「うん!」

「ぅえ、えっと……『宝石の様な紅茶たち』……あ、図鑑だこれ…………」

それから度々絡みに行き、気づけば二人で一緒にいるのが普通になっていた。

同じ中学校に行き、同じ高校に行った。

そして、あの日

「ごめんね、フォル。遅れちゃって」

「いいよいいよ、図書委員の仕事でしょ? 仕方ないって」

放課後に二人でカフェへ行く予定をしていた。

「……ありがとう。でも、やっぱり申し訳ないから紅茶でもおごるね ?あ、青だよ」

そうしてテナが先に、私が少し遅れて歩き出し────

「……テナ」

「ああ、ウォルっあなたともっと一緒にいたかった! 二人で本を読んで、おいしい物を食べて────」

テナは涙も拭かずに感情を暴露している。

「ロナ、ごめんだけど、テナの涙拭いてあげて?」

「……うん」

ロナはポーチからハンカチを出し、テナの涙を拭く。

「テナさん、お姉ちゃんが泣かないでって」

「出来ないよ……私は、私にはウォルがいないと……え?」

涙を拭いてもらっていたテナはロナの髪が掛かっていた腕の当たりに目を留めた。

そこから段々と視線が腕を伝って上がって行き、私と目が合った。

「…………ウォル?」

「えっ?」

「っうぉる!!!」

テナはこけていた姿勢から一気に私に飛び掛かって……抱きついた。

「ちょ、え?」

「えっウソっお姉ちゃんに触れてる!?」


私に抱き着いて離れないテナを何とか離し、ちょっとした実験を行った結果。

ロナと私が触れている状態で他の人がロナに触ると、私を見たり触れたりすることが出来る様だ。

「ロナちゃん、結婚しよう」

「ちょええええ」

「待て待て待て……」

ロナが居れば私と話したり触れ合えると知ってしまったテナは、ロナに猛烈なアプローチを始めていた。

「衣食住すべて私が養うから、働かなくていいし家事もしなくていい」

「え、ありかも」

「甘えんなロナ」

「ただ、毎日ここに一緒に来てくれればいいから」

「マイニチハツライナー」

「テナは落ち着け」

私がテナにそういうと、テナはぐっと涙ぐんだ。

「ウォルにおこられた……」

「え、あっごめ」

「う”れ”じい”……」

「…………あ、はい」

かなり拗らせている気がするぞ……。

「毎日ここかぁ……お姉ちゃんがテナさんの家に行けたらなぁ」

「……そういえば、何でお姉ちゃんってここにしか居れないの?」

「え? そりゃあ、ここに私の体が埋まってるから」

「へぇ、じゃあさ、リビングにお姉ちゃんの遺骨が置いてあるんだけど、そこへ行けたりしないの? こう、ワープみたいに」

「そんなの出来るわけ────」

懐かしのリビングを思い出し、そこに遺骨が入った壺がある風景を想像する。

そして気が付いたら。

「────あ、あれ?」

想像した位置に、私はいた。壺の形は違うが、どうやらここに入っているらしい。

「え、まずいまずい」

目をつぶって墓の前を思い出し、目を開ける。

目の前にはびっくりした様子のロナとテナ。

「…………えへ?」

テナが泡を食ったように言う。

「わた、私の部屋にも置いてるの!」

「て、テナの部屋?見たことないから────」

「これっ」

テナが必死に携帯の画面を見せてくる。

圧にビビりながらもその画面を見る。

へー、ここが……。

と、気づくと目の前は画面の風景に変わっていた。

「ここがテナのへ……お?」

ダイニングテーブルが置いてあり、その上には作り置きと思われる料理が2人前置いてあった。

あれ、テナってもしかして……。

すごく気になった私は急いで墓前を思い出しワープする。

「ウォル! 消えたということは……!」

「テナ! もしかして彼氏とかできたの!?」

「は?」

テナは一瞬すごく怖い顔をするが、次の瞬間にはああ、という顔をした。こっわ。

「ああ、テーブルの上をみたのね? あれは私とウォルの料理よ」

「お?」

「私、ウォルが居なくなってから耐えきれなくて、ウォルが一緒にいる設定で生きてきたから……」

「…………おー」

今ブルっと来たわ。

そこでロナがぱん、と手を叩く。

「あっお姉ちゃん! テナさんすごく料理上手なんだよ! 私たまにごちそうになるんだ」

「はい、ウォルに食べてもらう設定で作ってたから、全力で勉強してまして」

…………ま、まあいい効果が出てるなら良いわ。

「テナさんの家に行けるってことは、テナさんの料理、食べられるんじゃない?」

「!!!!!」

それは……素晴らしい。

お供え物は、一度しか食べられない。

つまり、お参りで持ってきてくれた物を食べきったら次のお参りを待たなければならないのだ。

「それに、お姉ちゃんに供える用に高級茶ばがいくつも……」

「…………アリだな」

「わたし役所に行って結婚届取ってきます」

「よしっ憧れのヒモ生活っ」

「待て待て待てテナ! ロナはそもそも中学生だからぁ!」


それから。

結婚……は無くなったが、進学する高校が近いということでロナはテナの家に居候することになった。

「……テナさん、そろそろ行かないと遅刻ですよ」

「ま、まって! まだウォル成分補給しきれてないから」

「────テナ! さっきからそう言って10分以上たってるから! 早く行きなさい!!!」

抱き着いて離れないテナを何とか離して靴を履かせる。

「うぅ……」

「か、帰ったらいくらでも抱き着いていいからさ」

「お姉ちゃん、それ私も拘束されるんだけど……」

「ほ、ほんとですか!? 頑張ってきます!」

嬉しそうに出ていったテナを二人で溜息交じりに見送る。

「テナさん、最近お姉ちゃんの同情目当てでああしてる気がする」

「だ、だってあんな顔されたらさ……」

「はぁ……」

ロナはスマホを取り出して時間を確認する。

「もうこんな時間、ちょっとゆっくりしようと思ったのに……仕方ないか、お姉ちゃん、行ってくるね」

「うん、ごめんね?」

「いいよ、テナさんも今までずっと辛かったろうし」

じゃ、と言ってロナも出ていく。

「…………」

亡くなってあの墓に埋められて、ずっとあの場所でいるしか無いと思っていた。

家族とテナが来た時以外に合うことも、紅茶を飲むこともできず、一人で。

それを思い泣いたことは、正直一度や二度ではない。

ダイニングテーブルに置いてある紅茶を手に取る。

「……綺麗」

そして、おばあちゃんのあの言葉を思い出す。

────おばあちゃん毎日飲んでるよね?

────ああ、そうさ。つまり……毎日うれしいってことだよ。

今は毎日、紅茶を飲めている。

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