末広がりの物語
杜右腕【と・うわん】
第1話 始まりの物語
磨き上げた砂目模様の花崗岩の壁と、クリーム色の大理石の床が、二列に並ぶ太い柱に掲げられた灯火に照り映えている。
謁見の間に右手に武官、左手に文官の重臣たちがそれぞれ十二人、しわぶき一つ立てることなく、緊張した面持ちで背筋を伸ばして居並んでいた。
そしてその背後の壁際には、この謁見の間で唯一武装している近衛兵たちが直立不動で壁際の彫像と化していた。
やがて、沈黙が支配する謁見の間の外から衛兵の声が掛かる。
許可を得た近衛兵が、二人がかりで大きな木の扉を開くと、そこには年季の入った鎧兜に身を固めた一人の小柄な騎士が立っていた。
騎士は腰に帯びた長剣を衛兵に預けると、重臣に促されるように、謁見の間の中央、二列の柱の間に真っ直ぐ敷かれた緋色のカーペットの上をしずしずと進み、正面奥に半円形に設けられた壇の手前で片膝をついて首を垂れた。
三段の壇の上には豪華な彫刻を施された王座には、おそらくこの部屋の中で唯一緊張することなく微笑みを湛えている、年老いた国王が座っていた。
「騎士アーロン、参上仕りました」
「アーロンよ、久しいの。遠い所、よう参った」
「国王陛下の米寿の祝いと聞き、取るものもとりあえず駆けつけました」
「おい」
「救国の英雄である貴公に祝ってもらえるのなら、長生きも悪くないな。アーロンよ、その方も余と同い年の88歳。今宵は宴を準備してある。魔王討伐の思い出話などしながら、お互いの米寿を寿ごうではないか」
「おい、ちょっと待てよ!」
「何ですか、先輩!? キムタクの真似なら古いですよ。まったく、これだからおっさんは」
「物真似なんかしてねえ! っていうか、一学年しか違わないのにおっさん扱いするな!」
「え~、でも私はまだ輝かしい未来が待ち受ける十代、先輩は社畜中年への道まっしぐらの二十代じゃないですか~」
「誰が社畜中年への道まっしぐらだ! お前だって来年には——」
「残念でした~! あたしは来年十九歳、まだぴっちぴちの十代でっす! あれれ~? おかしいぞ~? 先輩はまだ大学二年生なのに、何でもう二十歳なんですか~?」
無邪気に首を傾げて見せながら、某少年探偵の口調で揶揄って来る。
龍鳳文化大学文芸部部室。
俺、千代田康平は、一学年下の渋谷陽菜から「今書いてる小説についてアドバイスしてほしい」と言われて、何故か彼女の読み聞かせに付き合わされていた。
「現役合格したからって偉そうにするんじゃねえ。良いだろう、一浪したぐらい。一浪は『ひとなみ』っていってだな——」
「ほら、先輩。それがおっさん臭いって言うんですよ。何ですか?『一浪はひとなみ』って。もしかして先輩、昭和生まれ?」
ニヤニヤといじってくる渋谷に、俺は大きく溜め息を吐いた。
「ああ、はいはい。おっさんでいいよ、もう」
俺は叫ぶのにも疲れて、渋谷のイジリを受け流すことにしたのだが、なぜかこいつはそれが不服らしく、小さく頬を膨らませた。
「で、だ。そのおっさんから見たお前の小説なんだがな」
「何ですか? まだ序章が始まったばかりですよ」
若干不機嫌そうに言う渋谷に、俺は頭を掻いた。
「お前の小説は——」
「あ、すみません、先輩。お前お前言われると、まるで叱られてるみたいで地味に傷付くんですよね。名前で読んで貰えます?」
「ああ、まあ確かに聞こえは悪いか。わかった。じゃあ、改めて陽菜が書いた小説だけどな」
「はい!」
先程までの不機嫌が嘘のように、嬉しそうな笑顔でじっと見つめてくる陽菜。感想を聞くのが嬉しいのか。よっぽど小説を書くのが好きなんだな。まあ、俺もそのタイプだから分からないでもないんだけど。
「確か、中世中央ヨーロッパ風の異世界を舞台にしたハイファンタジー作品だって言ってたよな?」
「はい」
「それが、何で米寿の祝いなんだ?」
「え、ユニークじゃないですか~? 主役が88歳の老国王と老騎士で、その二人が若い王子と勇者見習いの子を鍛えながら、復活した魔王を退治に——」
「ああ、いや、主役が年寄りでも何でも良いんだが、問題は何で『
「え~、先輩もしかしてジャガイモ警察さんですか~? 異世界なんだから、食材がこの世界と違うぐらい問題無いと思いますよ~。イタリアにだって米料理はあるし、東方世界から持ち込まれたってことで——」
「漢字もか?」
「へ? 漢字? いや流石に文字はローマ字と、あとは魔法用にルーン文字ですけど」
「あのな、88歳の祝いを何で『米寿』って言うか知ってるか?」
「え~と、良く知りませんけど、金婚式とか銀婚式みたいな、段々素材がステップアップしていくみたいな?」
俺は机の上にあった反故紙に鉛筆で書いて説明した。
「いいか? 88を漢字で書くと『八十八』。これをこう組み合わせると……ほら、『米』の字になるだろう? だから八十八歳の祝いを『米寿』って言うんだ。末広がりの八が重なる上に、組み合わせると日本人の魂である米になると云う、実に日本らしい発想の、日本独自の文化なんだよ、『米寿』っていうのは」
「え~、でも上の八はひっくり返ってるから、末広がりじゃなくて先細りじゃあ……」
「細けえことは良いんだよ! とにかくだ、陽菜の小説を聞いてるとな、彫りの深い老国王と老騎士の頭にちょんまげが揺れている気がしてしょうがないんだよ」
「傷付いた!」
俺の言葉を聞き終わるや否や、陽菜は両手を大きく挙げて叫ぶと、今度はその両手を胸元で祈るように組みながら、
「よよよよ」
と床に倒れ伏した。文学的な表現じゃなく、本当に「よよよよ」って言いながらへたり込む奴、初めて見たよ。演劇部に入らなくて良かったな。
しばらくの間、しなを作って「よよよよ」と嘆き悲しんだ(ふりをした)陽菜は、俺が無反応なのを見ると、がばっと起き上がり、
「と云うことで、あたしは先輩の言葉にひどく傷付いたので、謝罪と賠償を求めます!」
と、俺に指を突き付けた。
「謝罪はともかく、賠償って……」
「サイゼリアに行きましょう! そこで思う存分御馳走してもらいます!!」
そう言うと、陽菜は俺の腕を取ってぐいぐい引っ張って歩き出した。
「サイゼではあたしが食事している所の写真を撮ってくださいね、先輩!」
「良いけど、何で写真なんか?」
「『サイゼで喜ぶ素直で優しくて可愛い後輩』ってコメント付けて先輩のツイッターに上げて、炎上させます!」
「鬼か! まったく図々しくて困った後輩だよ」
俺が溜め息を吐くと、何故か陽菜も溜め息を吐いた。
「まったく、鈍くて困った先輩ですよ」
末広がりの物語 杜右腕【と・うわん】 @to_uwan
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