19
翌日、
そんな事を考えながら
忠司はクリスマスイブ前日に、いったん断られたバイト先のコを口説き落としていたらしい。そして、見事、イブのデートに誘いだすことに成功していた。
忠司としてはすぐにでも懐空に言いたかったが、それより先に懐空の母親が病気と聞いて、遠慮していたようだ。
「一緒に鹿児島に行ったんだ」
ニヤニヤしながら忠司が言った。
「え、もう?」
すると嬉しそうに忠司が笑う。
「同じ飛行機ってだけだ」
「そこからは、なんだかどんどん巧くいった……」
元旦には兄貴の車を借りて
「こっちは大晦日、元旦って土砂降りで、初日の出どころじゃなかったなぁ。それより、お兄さんがいるんだ?」
「うん、兄貴と俺の二人兄弟。今は名古屋の会社で働いてる。社会人1年生。正月には帰って来れなかった」
忠司が少し、寂しそうな顔をする。
「車は実家に置き去りで、ときどきお袋が使うくらいだったんだ。たまには走らせてやってくれって、兄貴、気持ちよく貸してくれた。電話で話しただけだけどね。それより麗奈ちゃんと、休みの間、どこか行ったりしたのか?」
「いや、麗奈は麗奈で実家に帰ったって」
「懐空がいないんじゃ、麗奈ちゃんもつまんなかっただろうね」
そんな話をしたのが休み明けの事だった。
懐空の隣で
「懐空さぁ、おまえ、麗奈ちゃんと巧くいってるの?」
「へっ?」
いきなりな話に懐空が目を丸くする。
「小耳に挟んだんだけどね ――」
忠司の話によると、麗奈を千葉のテーマパークで見かけたと、違う学部の友人から聞いたという。
「それがさ、そいつ、オフィシャルホテルに泊まったらしいんだけど、そのホテルでも見かけたんだって」
「……見間違いじゃないか? そんな話し聞いてないし、いや、もし、それが麗奈だとしたら、きっと母の事で遠慮して言えなかったとか」
「―― 男と一緒だったって。30手前くらいの、なんか、おしゃれな男だったって」
「懐空……心当たりがありそうな顔してる」
「ないよ、そんなの ―― 麗奈とは巧くいってる。昨日だって」
「昨日だって?」
言葉を止めた懐空に忠司が先を促す。
しゃべり過ぎた、そう思った懐空だったが、声を
「麗奈が生理じゃなきゃ、麗奈の部屋に行ってた」
「……それって、麗奈ちゃんと深い仲になってるってこと?」
忠司もつられて声を潜める。
「いや……初めてするところだったってこと」
「ほほぅ、やっとその気になったか」
こんな時、どんな顔をすればいいんだ?
「まぁ、そう言う事だよ」
「なるほど。それで麗奈ちゃん、今日は見かけないんだ。重いんだろうね、女の子は大変だ」
来週、懐空から楽しい報告があるのを期待してる、頑張れよ、と忠司は食べ終わったカレー皿を持って次の講義に行くと食堂を出て言った。
その日の講義が終わり、SNSを懐空が確認する。最終講義が始まる前に麗奈に送ったメッセージは未読のままだ。
(そんなに体調が優れないんだろうか……)
でも、まぁ、麗奈はケーキが好きだ。大学の門前にあるケーキ屋がお気に入りなのも懐空は知っている。
(麗奈が好きなケーキ、残っているといいけど)
そんな事を考えながら、教室を出て校門へ向かう。すると、そこで待っていたのは忠司だった。
「懐空……」
忠司は深刻な顔をしている。
「忠司……どうかした?」
忠司は懐空の肩に腕を回し引き寄せた。そして小さな声でこう言った。
「俺、見ちゃったんだよ」
「見た、って何を? まさか幽霊?」
忠司は更に
「なにを見たんだ、忠司」
「うん……おまえの高校の先輩、なんて名前だったっけ?」
「
「うん、その坂下ってヤツと麗奈ちゃんが仲よさそうに帰っていった」
「え? って、昼はテーマパークで、って話を聞いたばかりで」
「でも、見ちゃったんだよ。男が麗奈ちゃんの肩を抱いて、歩きながら麗奈ちゃんのホッペにキスしてた。それははっきり見えた。見間違いじゃない」
「……キス?」
「よく見えなかったけど、口にもしてたかもしれない。そしてそのまま門を二人で出て行った」
「門を出て行った……」
「門を出て左に行った」
「麗奈も坂下先輩も家はその方向だ」
「懐空 ――」
忠司が軽く懐空の体を揺すった。懐空の声があまりに力なく聞こえたのだ。
「しっかりしろ、懐空。麗奈ちゃんを責めるのもいい、このまま気が付かないふりして、成り行きを見てもいい。でも、その前に、自分の気持ちの整理は付けておいた方がいい」
そんな忠司を懐空が見た。
「気持ちの整理?」
「うん、麗奈ちゃんと、このまま付き合うのか、別れるのか。麗奈ちゃんに別れて欲しいと言われたらどうするのか」
「まだ判らない」
忠司の腕を強引に懐空が振りほどく。
「そりゃ、今、知ったばかりで判らないよな」
忠司を無視して懐空が校門に向かって歩き出す。
「おい、懐空」
「まだ判らない。忠司の見間違えかも知れない。麗奈は嫌がってても、僕の先輩だから
「懐空、だからって、どこに行くんだ? バイトか?」
「麗奈のところに行く」
急に走り出した懐空を忠司は追うが、門のところで立ち止まった。ここに居れば懐空は必ず通る、ここで待っていた方がいい。忠司はそう思った。
麗奈のマンションの前で、懐空はSNSを確認する。送ったメッセージは未読のままだ。フロントのインターホンで呼び出したが応答がない。懐空は目を閉じる。そして、
尚弥の部屋の前で、インターホンを押すか迷った懐空の耳に、部屋の中から声が聞こえた。
「……あ……」
女の声だ。麗奈か? 緊張が懐空を包む。そして耳をそばだてさせる。
「……かいあ……」
麗奈が、僕を呼んでいる。何も考えず、懐空がドアを開く。いつもの通り、尚弥の部屋は施錠されていなかった。
ドアの向こうは開け放たていたが、奥の方はガラスの引き戸が邪魔で半分しか見えない。
「懐空……好き……」
ガラス戸に隠された場所から聞こえるのは麗奈の声だ。
ガラス戸に隠されていない部分で、驚いて懐空を見た尚弥の顔が青ざめる。
気が付いたら靴を
その勢いで、部屋の奥に進み、ガラス戸に隠された場所を
「麗奈……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます