7
毎日のように雨が降り、桜の葉もなんだか寂しそうに見える。雲に
今年の
もうすぐ大学も夏季休暇に入る。ランチタイムのシフトにも入れて欲しいとマンマに頼んだけれど、ランチタイムはバイトなしでやってるの、ごめんね、と申し訳なさそうにマンマは言った。
「お母さんに顔を見せに行かないの? バイト、休まなきゃ行けないなら遠慮なく言うのよ。判った?」
休みの間、昼間はやる事がなくなった。そこで休みの期間だけのバイトを探し、大学の掲示板に家庭教師のバイトを見つけた。
「中学生相手の家庭教師? 中学生って生意気そうだな。俺はかなり生意気だったぞ」
一緒に鹿児島にいかないか、と
「田舎だけど、いいところだよ。もっとも俺の家は山の中で何にもないけどね。あぁ、牛がいる」
「酪農家なんだ?」
「いや、農家って言えば農家なんだけど、牛は二頭いるだけ。売る目的で育てるんだ、
親父とお袋はサラリーマンだよ、祖父母が死んだら農家はやめる。忠司は少し寂しそうだ。
「彼女にも会せるよ。
八月、お盆の時期に帰省する。だから考えておいてよ、と忠司は言った。
お願い、泊まって……麗奈の思いに懐空は
「ごめん。まだ覚悟が付かない」
「覚悟?」
「うん……」
麗奈のことは嫌いじゃない。むしろ好意を持ち始めている。
だけど一夜をともにする ―― 一線を超えるのは違うと思った。
「麗奈の事は好きだ。でも僕はまだ、自分の人生と麗奈の人生を
「……あのね、結婚してって言ってるわけじゃないのよ?」
キョトンと麗奈は懐空を見た。
「うん、判ってる。でもさ、それくらいの思いと覚悟がないなら、しちゃだめだと思う。その上で
「懐空……」
「なにより僕は麗奈を傷付けたくない。麗奈が傷つく可能性が少しでもある限り、そんな事はできない」
無口な懐空が珍しく熱弁をふるうのを見て、とうとう麗奈が笑いだす。
「判った、帰ってよろしい」
麗奈の声は普段通り明るい。
「麗奈……」
「わたしね、中学生の頃から、よく男の子に誘われたの。あ、
わたしって、こんな性格じゃん、誤解されやすいの、と麗奈は言った。
「わたしを誘ってくるコって、わたしが自分に気があると思い込んでることが多くってね。もちろん、中には、ちょっとこの人いいな、ってのもいるんだけど」
付き合うとか、そんな話もなしに、いきなり抱き締められたり、付き合うってなっても、すぐにキスしようとしたり……
「ごめんね、懐空。今の懐空はその時のわたしと一緒なんだよね」
そう言うとクスッと麗奈は笑う。
「わたし、懐空ならそんなことしないって思ったの。だから懐空の事、好きになったの。なのに、ちょっと焦っちゃったみたい」
そして少しだけ寂しそうに
「懐空とそうなりたいって思ってる。懐空がその気になってくれるの待ってる」
忘れないでね、麗奈が言った。
その後も二人が深い仲になる事はなかったが、ゆっくりと近づいていると懐空は感じていた。
バイト帰りに公園で話し込んだ別れ際、薄闇の中で麗奈が懐空に抱きつくことはあったが、それがいつの間にか懐空から抱き締めるようになり、そして今では抱きあってキスするようになっている。
それ以上を……ふと欲望が頭をもたげる事もある懐空だったが、踏み出す勇気はまだなかった。
(そうだね、勇気がないんだ。でも、そんな勇気、必要なのかな?)
忠司はさっさとやっちゃえ、と言ったけれど、やっぱり懐空は吹っ切れない。帰省した時、俺は彼女と思いっきりいたすぞ、と冗談めかして忠司は言っていたけれど、きっと待ち遠しいんだろうな、と懐空は思った。そして、つまりそういう仲ってことだ、と思った。
キスはしたんだろ? と問われ、顔色で答えてしまった。
「まさか、唇をちょっとチュッなんてんじゃないんだろう? 舌を絡めて、こうさ、濃厚な ――」
「よせよっ!」
真っ赤になった懐空を忠司が笑う。
「そこまでしてるなら、したも同然。あんまり麗奈ちゃんを焦らすのもどうかと思うぞ。可哀想だ」
別に焦らしているわけじゃない……
どうやら足音は二人分だ。ひょっとして不動産屋が内見に、客を連れてきたのかな? ヒールの音と、革靴なのかな? 少し重い足音。男の人と女の人? それが懐空の部屋の前を通り過ぎ、隣の部屋で止まると鍵を開ける音がした。
愛実がお客と一緒に帰ってきた。ひょっとしたら弁護士? あれからずいぶん経った気がするけれど。不倫の慰謝料を請求されて弁護士に相談すると愛実は言っていた。
薄い壁越しに、声が聞こえる。何か話しているのだろう。なんといっているかまでは判らない。
二か月で逃げられちゃったと笑った。その笑い声を聞いて、懐空は彼女が泣いていると感じた。だから
冷静に考えれば不倫なんて不潔だ、と懐空は思う。でも、愛実にはそれが許されるような気がした
再び懐空は外を見る。雨は降り続き、桜の葉を
「?」
うめき声が聞こえた気がして懐空が緊張する。
「……」
違う、うめき声じゃない。隣の部屋から壁越しに聞こえるのは喘ぎ声だ。今、隣の部屋で?
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