2
3箱の段ボールのうち、2箱は衣類で、それを収納することを
「コンビニ、行くか……」
ついでだから今夜と明日の食事、インスタントコーヒーなんかもあるといいかな……
鍋とフライパン、
「なんで二つ?」
「予備、かな。割れても困らないように」
かな、って言うことは、本当は別の意味があるのか、と思ったけれど、懐空は黙っていた。ストックが趣味か、と懐空が思うほど、母は
そんな母だから、きっと二つなんだ、そう思う懐空だった。
アパートを出て、駅と反対方向に道を行けば5分でコンビニがある。さらに少し行けばスーパーもある。駅までも10分足らずなのにアパートに空室があるのは、古いのもそうだけど、駅からの道が急な上り坂だからだろうと懐空は思っていた。それがなければ、コンビニやスーパーが近く家賃が安いのだから、満室になっていても不思議じゃないのに。
近頃の学生の主流が、新築、セキュリティ重視だと言うのは後から知った。みんな、金持っているんだな、でも、自分は自分、人は人。気にすることもない ―― 倹約家の母に育てられたお陰だ。
コンビニよりスーパーのほうが食材はいろいろあると思ったが、コンビニにした。スーパーにドライバーがあるかどうかの知識が懐空にはなかった。コンビニにはあるはずだ。
コンビニから帰り、部屋に入ろうとしているとき、隣のドアが開いた。
「あ、すいません、ちょっと待ってて」
と、声をかけ、ドアを開けたまま急いで部屋に入る。挨拶にと用意した菓子の包みを渡そうと思った。
「これ、ご挨拶です」
「お気遣い、ありがとう」
「お出かけですか?」
「えぇ、ちょっとコンビニに」
「あぁ……このアパート、コンビニもスーパーも近くていいですよね」
「そうね……でも、空室だけになっちゃって。わたし一人じゃ心細いと思ってたの。良かったわ、来てくれて」
「え? 一階は真ん中だけ空室って聞いたけど」
「もう二人とも引っ越してったわよ。
「そうだったんですか……安くていいと思ったのに」
「あら?」
と、愛実が驚いたような声をあげる。
「まさか、聞いてないの?」
「聞いてないって?」
「このアパート、出るのよ」
「出る、って何が?」
まさか、幽霊?
「ほら、桜の木の下には埋まっているっていうじゃない?」
「え……?」
サッと懐空の顔が引きつる。その顔を見て、プッと愛実が笑いだした。
「ごめん、冗談、嘘うそ。本気にしちゃった? 一階の住人が出て行ったのは本当だけどね」
「……」
何も言い返せない懐空を気にせず、渡した箱をヒラヒラさせて愛実が問う。
「ねぇねぇ、これ、なあに?」
「あ、あぁ ―― クッキーです。ほんのお口汚し」
「そうなんだ? クッキー大好き、ありがとうね」
ニッコリ笑うと愛実は自分の部屋の前に戻り、ドアを開けて懐空から受け取った箱を中に置く。シューズボックスに乗せたのだろう。そして、ボケっと突っ立っている懐空の前を、じゃあね、と通り抜け、階段を降りて行った。
せっかくドライバーを買ってきたのに、組み立てを始める気になれず、懐空は買ってきた缶コーヒーを開けて、桜が見える窓際に座り込んだ。
みんなはこんな時、どう感じるんだろう? 怒るのか、笑うのか? 僕はどっちでもない。なんだろう、驚いているだけ?
懐空は自分がどう感じているのか判らなかった。
缶コーヒーを飲み終わるころ、誰かが階段を昇ってくる気配がした。ドアの前を通り抜け、隣の部屋のドアが開く音がする。
(筒抜けなんだ……)
そりゃそうか、おんぼろの安アパートだ。
そう言えば、大家は借り手を探すのに苦労する、って言っていた。つまり、また誰かが入居するってことだ。二人きりってわけじゃない。ホッとして、懐空は気を取り直した。チェストを組み立てよう。やる事をやっておこう……懐空は自分がホッとしたことに気が付いていなかった。
チェストを組み立てて、段ボール箱の衣類を収納する。もう一つ、段ボールを開ければ荷物の整理が終わる。
「あ……」
食器を収納するものがない。小さな食器棚が欲しい ――
(いいや、すぐに使う物だけ出せば。それくらいならキッチンに置けるだろう)
食器棚はネットで注文しよう。送料がかかるかも知れないけれど、自分で買いに行くのは大変そうだ。さっきの量販店は歩いていくには遠すぎる。
そう決めると懐空は桜を眺めてから窓を閉めた。そろそろ夕闇が迫っている。
(……カーテンも忘れてる。暮らすにはいろんなものが必要なんだなぁ)
懐空の一人暮らしはこうして始まった。
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