朝、白い虹が架かったら

風羽

世紀の大発見

「誰もが信じられないような話ですがこれは事実です。そしてこの世紀の大発見をしたのは我がジーペン国なのです」

 先程からテレビ画面の中で美人キャスターが大声で叫び続けている。瞬く間にその報道は世界中に尾鰭おひれを付けて広まっていった。


 どこまでが真実なのかは分からない。それでも、この地球上の極北の地に、これまでどこの国にも知られていなかった巨大な島が発見されたという事は確かな事のようだ。

 文明が発達し、地球上の全ての事が把握出来つつある二十一世紀に、未発見だった巨大な島が存在するなんて有り得ない話だ。


「その島には文明とは無関係の野蛮人が住んでいるらしいぜ」

「野生の王国とか言ってたわ」

「恐ろしい生き物が住んでいて、その島に入ろうとする者は、一人残らずられてしまうらしいぞ」

「その島自体が幽霊のように、人間には姿を見せずに存在出来ているんだって」

「その島では人間の子をオオカミが育てたりするらしいのよ。恐ろしい世界ね」

「でもさ、最も重要なのは、その島が天然資源の宝庫らしいっていう情報なんだ」


「そんなのデマに決まってるじゃない。みんな面白おかしく創造してしまった話が世界中に広まっているだけよ」


 世界中のSNSでこの話が炎上していた。最初のうちはそれがデマだと捉える人々が大多数を占めていたが、次第にそれはまんざらデマではないらしいという空気が世界中に漂い始めた。

 各国は躍起になってその島の情報収集に乗り出した。


 二千三十年、地球上の天然資源は底をつきかけていた。それでも人々は自分達の暮らしを変えようとはせず、資源を追い求め続けた。もしもこの島が天然資源の宝庫であるならば、ここ半世紀程で獲得した便利で豊かな暮らしがこれからも保障されるのだ。

 そして、この島を発見したジーペン国は一気に世界での地位を上げる事になるであろう。



 あれから一週間が経った。

「その島に入ろうとする者は、一人残らず殺られてしまうらしい」という噂もデマではないのかもしれない。

 空から情報収集しようとする者には突風が、海からの者には大波が襲いかかり、生きて帰れる者はいなかった。室内に籠り、文明の利器に頼る者には病魔が襲い掛かったのだ。


 こうして沢山の尊い命が犠牲になっても人々は諦めようとしなかった。

 人々? 諦めないのは王国の君主達であり、犠牲となるのはいつの時でも民間の人々だ。


 ☆


 なぜ今になってこの島が発見されてしまったのか?

 ピース島という名のこの島に暮らすプカック族の間でちょっとした紛争が巻き起こった。


「あのしか考えられないわ。ジーペン国がこの島を発見したんでしょ? ジーペン国があの娘をスパイとして送って、情報を流させたに決まってるわ」

「この島はそんな風には出来ていない。この島は、島が必要とする人しか入る事が出来ないんだ。あの娘は必要とされてここに来たはずだ」

「神話のようなそんな話がいつまで通用すると思っているの?」


「もうお終いだよな。この島も。きっと。知られてしまったら、大きな国が黙っているはずがない。戦争が始まるんだ」

「変革が必要なのは、きっと今なんだ。資源を分けてあげれば、僕たちはきっともっと裕福な暮らしが出来るようになる。文明とやらにありつけて、ひもじい生活ともおさらば出来るんじゃないかな?」

「資源を分けてあげるという事がどういう事か貴方には分かっていない。少しだけなんて、都合の良いように事が進むはずがないわ」


 幸いこの島には優秀なおさがいる。島の長であるオーサは自然の摂理を知り尽くしているし、野生の者たちと一体となって物事に対峙する事が出来る優れた人物だ。はみ出た者にはちょっとしたお仕置きを積み重ねていく。お仕置きをされた者は自分の考えが間違っているという事に気づき、考えを改めていく。

 それでも考えを改めないような者がいるとミツバチが自ら登場してくる。この島ではミツバチはとても尊ばれている生きもので、自らの死を持って人を指すという行為は、刺された者にとっては刺された箇所以上に心が痛むのだ。

 この島はそういう島だ。今の所、ミツバチの登場を最後に事がまとまるという至極平和な島だ。


 彼らは誰に教わる事もなく知っている。ミツバチ攻撃に遭っても考えを改めなければ、次から次へと恐ろしい自然の攻撃がやってくる事を。

 そしてこれは弾圧ではないという事を。

 プカック族は、まるで一つの家族であるように、自分達がオーサと共にこの島を守らなければならないという使命を持って生きている。


「まずはオーサのいう事に耳を傾けてみましょう。あの方の言う事はいつも正しい。もしも受け入れる事が出来ない物であれば、その時に私達の意見を言えばいい。私たちの声にいつも優しく耳を傾けてくれるのがオーサよ」



 そして遂にオーサが島の人々を集めた。

「とうとうこの時がやってきてしまった。長い長い歴史の中で、いつかはこの時が来ると思っていた。しかし、私が長である時に、この島が見つかった事は幸いだと思っている。私が長になってからちょうど五十年になる。五十年間、ずっと考えてきた事を、行動に移すのが今だ。五十年間ずっと支持してくれ、共に歩んできた皆と、力を結集したい。この島と、ここに生きるすべての者たちと、プカック族の誇りを守る為に、ジーペン国から呼び寄せたミッチとユーカの力も借りたい。プカック族は百人にも満たないが、この島に住む膨大な数の生きものや、大自然という最強の味方を持っている事を忘れないでほしい。真実の言葉と写真、大自然の偉大な力を示し、王国共のこの島への侵入を必ず防いでみせる。私を信じてついてきてほしい」


 大きな拍手と歓声が巻き起こり、島全体の力が一気にみなぎった。

 純白の世界。キーンと冷え切った混じり気のない澄んだ空気にオオカミの遠吠えがこだまする。鳥たちが飛び交い、人々の周りを真っ白な北極ギツネや北極ウサギが飛び跳ねている。

 風が吹き、一面を覆っていた霧が一気に晴れ、真っ青な空が顔を出してくると、島全体を覆うように大きな白い虹が架かった。



 オーサはミッチとユーカを呼び、二人の肩に手を回した。

「まずジーペン国にこの島の真実を知ってもらおう。ユーカには私が話す事を手紙に書いてほしい。ミッチがこれまで撮った写真と一緒に何通も送り続けるんだ。真実と愛は必ず人の心を射止める事が出来るはずだから。送り先はジーペン国の大統領でいいと思うかい?」


 ユーカは答えた。

「大統領はダメ。悲しいけどジーペンには今、オーサのように国民に信頼され、きちんと指揮を取れる長はいません。大統領に手紙を送った所で何の行動も起こらないと思います。

 オーサ。これは確実に成果があるとは言えないけれど、試してみたい事があるんです。私には信頼出来る行動力のある友達がいます。彼はSNSを利用して、世界中の多くの友達と繋がっています。それに私のいた高校のクラスはとても団結力があるんです。先生も尊敬出来る先生です。彼らなら力になってくれると思います」


「ほう。なるほどな」

 オーサは大きく頷いた。

「ここは一つ、ユーカと若い力に懸けてみるとするか。その友達は何という名前なんだ? ユーカの彼氏なのか?」


「彼なんかじゃないです。レオンという名前です。レオンは私とは仲の悪い‥‥‥。でもとても信頼出来る友達です」


 少し頬を紅く染めながら大きく首を横に振るユーカを見て、オーサは優しく微笑んだ。

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