何も言うわけがなく
片葉 彩愛沙
何も言うわけがなく
庭を眺めながら、ふと何か横切ったのを見た気がする。
夏の日差しがとても目に悪い日だった。青々とした葉が日差しを真っ白く照り返して、陰とそうでないところのコントラストを激しくしていた。
横切ったものは完全に視界から外れたわけではなかった。
何が通ったのだろうと私は手を翳してそこを見た。
こちらを見つめる一対の黄色い目、黒猫だった。
父がえさを与えているうちに家に住んでしまったうちの一匹だ。
葉っぱの奥には、何年も手入れされていない空き家がある。ツタが全体に絡みついて、人間が立ち入ることを躊躇するような場所だ。
猫は自由に出入りできる。
黒猫はその手前の塀を歩いて、こちらを見ていた。
そんなところでいつも何をしているんだろう。
私は心の中でそう思った。
黒猫は何も言うわけがなく、そのまま奥へ行ってしまった。
フリフリと揺れるお尻や尻尾を見ていると、彼女を撫でたくてたまらないのだが、彼女はよく鳴く割には手を伸ばすとグッと身を引いてしまう。
ふいに、夏目漱石、という単語が頭に湧いた。
それは、庭に石づくりの置物があり、先ほど猫を視線で愛でたからだろう。
日差しが照る割に、冷たい風が吹き私は鳥肌を立てた。
何も言うわけがなく 片葉 彩愛沙 @kataha_nerume
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます