何も言うわけがなく

片葉 彩愛沙

何も言うわけがなく

 庭を眺めながら、ふと何か横切ったのを見た気がする。

 夏の日差しがとても目に悪い日だった。青々とした葉が日差しを真っ白く照り返して、陰とそうでないところのコントラストを激しくしていた。

 横切ったものは完全に視界から外れたわけではなかった。

 何が通ったのだろうと私は手を翳してそこを見た。

 こちらを見つめる一対の黄色い目、黒猫だった。

 父がえさを与えているうちに家に住んでしまったうちの一匹だ。

 葉っぱの奥には、何年も手入れされていない空き家がある。ツタが全体に絡みついて、人間が立ち入ることを躊躇するような場所だ。

 猫は自由に出入りできる。

 黒猫はその手前の塀を歩いて、こちらを見ていた。

 そんなところでいつも何をしているんだろう。

 私は心の中でそう思った。

 黒猫は何も言うわけがなく、そのまま奥へ行ってしまった。

 フリフリと揺れるお尻や尻尾を見ていると、彼女を撫でたくてたまらないのだが、彼女はよく鳴く割には手を伸ばすとグッと身を引いてしまう。

 ふいに、夏目漱石、という単語が頭に湧いた。

 それは、庭に石づくりの置物があり、先ほど猫を視線で愛でたからだろう。

 日差しが照る割に、冷たい風が吹き私は鳥肌を立てた。

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何も言うわけがなく 片葉 彩愛沙 @kataha_nerume

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