世界よ、これが我が社が誇る鶏と焼き鳥の真髄だ

龍神雲

世界よ、これが我が社が誇る鶏と焼き鳥の真髄だ

 澄み渡る空に清々しい朝の空気が心地好く流れていく。だが屋外に設置されている壇上にはそれとは異なる空気を纏う、スーツを着込んだ代表取締役兼社長という立場の男がそこに姿勢正しくきりりとした表情で立ち、厳かな雰囲気で語り始めた。


「諸君、我々は美味しい鶏を──、主に焼き鳥に使用する為の鶏を多くの人々に味わって頂く為に日々、丹誠込めて我が子の様に育て──涙を堪え、今まで出荷してきた…………太郎、綺羅々、武蔵、マイケル、キャサリン、菫……ううっ」


出荷した鶏に余程思い入れがあるのだろう、社長が感極まり嗚咽を漏らし始め厳かな雰囲気から一変、いきなりお通や感が漂い始めるが「どうぞ」と、壇上の下に控えていた秘書の女性が白い綺麗なハンカチを取り出しさっと社長に手渡した。社長は短くお礼を告げそれを受け取り涙を拭ってから前を向くが、その時には既に顔は元通り引き締まり話も再開した。


「我々が育てている鶏は狭苦しい檻に閉じ込めず全て放し飼いで、ノンストレスで自然に近い環境を与え、延び延びと育てている。餌も遺伝子組み替えの飼料等も一切使用せず抗生物質や添加物も不使用の──鶏にとっても、人々にとっても、食の安全性の高い物を常に提供しこの世に出している──……だが、我々のやり方に不服を、意義を唱える企業が宣戦布告をしてきた。我々のやり方は"間違っている"、我々のやり方は"時代錯誤"だと。その企業は最先端のバイオ技術を使い、人々──否、全世界の胃袋を満たすだけでなく人々の語感を通して上質な感覚を常に提供できると豪語し、我々が畜産している鶏も、仕事も、全て否定したのだ……だが、我々のやり方は決して間違っていない!時代錯誤でもない!最先端のバイオ技術に負けない、安全性を誇る食を提供しているのだ!」


社長はそこで言葉を一旦切ると深呼吸をし、徐に口を開いた。


「さて諸君、人々に食を提供する過程で我々は環境破壊をした事が一度でもあっただろうか?人々に食を提供する過程で有毒な化学物質を一度でも使用した事があっただろうか?胸に手を当て思い出して欲しいが、自問自答せずとも直ぐに分かり思い出せるだろう……そう、我々は食も、人も、環境も汚し危険に晒す事は今まで一度足りともしてきてないのだ!我々は誇りある食を!この企業が設立した当初から方針を変えずに提供し続けているのだ!諸君、自負して欲しい!そして今日も誉れとなる仕事と技術と努力を世界に、共に発信しようではないか!たとえ命を賭してでも我々の意思を──、この世に風化させる事無く刻もうではないか!」


そこで拍手が起こるが厳かな雰囲気は続いたままだった。鶏や食に対して此処まで熱く語れるのはその手の職に誇りと信念を持っているからだろうが、この企業の社長も社員達も何処かそれだけではない、誰もが死を覚悟してこの場に立つ様に見えたのは、彼等の目の前に長テーブルが設置され、そこには水杯ならぬ、小さなお椀一杯分の水炊きと焼き鳥が一串、ずらりと並んで置いてあるからだ。まるで神風特効隊員張りの厳かな儀式の風景──彼等は一体、何を成し遂げるつもりなのか──?


「時は来た!水杯ならぬ、水炊きと焼き鳥を交わして出陣する!!」


社長が語気を強めて宣言した瞬間、社員達は目の前の水炊きと焼き鳥を一斉に口にして食べ切った後、お碗を地に叩きつけて割り、次いで、焼き鳥の串を手で折り気合いの雄叫びを上げた──……が、それを見ていた──否、今まで見せ付けられていた今年入社したばかりの新入社員達は目が点になりぽかんとした後、訝しげな表情を浮かべ、誰も彼もが──


(なんか、とんでもない企業に入社しちゃったな……)といった思いを抱くが敢えて水を差さず、場の空気を読み拍手をして合わせるのだった。


ちなみに、入社式の際には毎年この様なパフォーマンスが行われ、余りに過激な為にこの時点で新入社員が辞めるケースが毎年多発していた。辞める社員は何れも『なんか思ってたのと違う……』といったシンプルな理由を告げたが、鶏と焼き鳥をこよなく愛する社長は決して入社式のスタイルを変えず、寧ろその入社式を見て辞める様な社員はこの先の仕事も長続きはしないだろうと、それを見極める為にもこの入社式を続けていた。そう、社長の意思の元、毎年この入社式が取り行われているのだ。そしてこの入社式を毎年行う社員達は一週間前からその準備を始めるのだが、翌年よりもクオリティーの高い式典を目指す為、通常業務を終えた後は社長含め、社員全員で意見を出し合い綿密に入社式の式典を議論し、より良い物を構築する事に精を出していた。なので入社式がある週は疲労困憊を迎えるが、それでもこの企業の信念と方針と何より社長の鶏と焼き鳥に対する愛に惚れた社員達はそれを止める事はせず社長と共に、そして会社を支える為に自らの意思で粉骨砕身し入社式に限らず大手企業と張り合う迄にも飛躍した。社長に自らの意思で追従する社員達は企業の歯車として上手く機能している為、結束力も統率力も他の企業より抜きん出ているのは火を見るよりも明らかだった。


さておき、今年の入社式のパフォーマンスは社長にとっても社員にとっても満足の行く出来であり、今年からはその一部始終を動画に録画し、ネット配信する事にした。配信に踏み切ったのはこの会社の真髄に感銘を受けるかもしれない、新しい風ならぬ若き有望な社員の訪れを期待しての事だが社長曰く『私以上に鶏や食、そして焼き鳥愛を響かせ貫く原石が見付かるかもしれない。その才を眠らせていては勿体無い、開花させよう』という意向もあり早速、格好良く編集し動画配信をしたが、その動画を上げて30分も経たぬ内にアクセスが殺到しなんと、いきなりの10万越えを叩き出すだけでなくそれに比例し登録者も同じ数値を叩き出し、社長も長年勤めている秘書も社員達も驚きを隠せずにいた。そしてこれを好機と見た社長は早速ある提案を口にした。


「鶏を使い、全世界に向けて焼き鳥バトルロワイヤルを告知して開催するのはどうだろうか?」


──焼き鳥バトルロワイヤル?


その言葉のフレーズが聞き慣れず社員達は一斉に首を傾げるが、社長はその全容を明かしていく。


「我々が手掛ける鶏だけを使用し如何にその素材の味を引き出し最高の焼き鳥を作れるかを競う大会を全世界規模で行えば素晴らしい、新たな串種が生まれ我々の企業だけではない、取引し育てる畜産農家の安全性も称賛され貢献できるだろう。それが切欠で我々と同じ様に食の安全性に踏み出す企業も増えれば良いと思わないか?私はね、ライバル社が増えても一向に構わないのだよ、私の様に鶏に限らず食の安全性を守って立ち上がる企業が増えればその分、歩み寄れるし提携しやすくまた新たなビジネスチャンスも生まれると考えているのだが──どうかな?」


長年付きそう秘書と社員達を見遣り意見を求めれば、秘書も社員達もその考えに賛同した。新たなビジネスは危険が付き物だが、それを意に介さず即断即決するのは結束力と統率力、そして社長の鶏愛ならぬ焼き鳥と今までの経験を踏まえた上の事だった。そう──我々なら、私達ならやり遂げれると。不可能を可能にし躍進できると──。止まることを知らない企業の方針と信念は正に脅威そのものである。斯くして、世界規模とした焼き鳥バトルロワイヤルの告知をした瞬間、あらゆる通信手段がパンクした。不測の事態に驚くも社員一丸となりそれに対応するが、秘書の女性が血相を変え社長の元へと歩み寄った。


「社長、大変です……」


「なんだ、どうした?」


「その……例の、世界的に有名な大手のバイオ企業が、私達の入社式で行うパフォーマンスを見て是非、参加したいと」


「なんだ、良いことじゃないか!」


社長は明るく嬉しそうに微笑むが秘書は首を横に振り「いえ……それが、大手のバイオ企業独自のやり方で、参加したいと……」


詰まりは特別枠を設けた上での参加希望をしたのが今ので分かるが、社長はなるほどと頷き「それで、それはどんなやり方なんだい?」続きの話を促せば秘書は言いにくそうにしながらも訥々と話し始めた。


「その、我が社の鶏ではなく……新しく開発した培養肉を使い参戦したいと申してまして……」


その瞬間、室内は静まり返るが社長だけは「ふむ……」と頷き暫しの長考の後、小気味良く手を叩きにこやかに話し始めた。


「面白い、良いだろう。焼き鳥バトルロワイヤルは通常通り開催するとして、例の大手のバイオ企業は特別枠参加、特別ゲストで扱い、我が社と一騎討ちで勝負すれば間違いなく集客できるし良い宣伝にもなるだろう。我が社が誇る鶏を使った焼き鳥、そして最先端のバイオ技術を使い全世界の人々の胃袋を満たし語感を通し上質な感覚と食を常に提供できると豪語する培養肉を使用した焼き鳥──といっても事実、相手さんはその実績があるからね。兎角どちらの肉が人々の舌をより満足させれるかを大々的に行えば、我が社にとってもプラスになるだろう。姑息な手段も暴力も一切ない、正々堂々同じ土俵で各々が誇るブランドを掛けて肉だけで争うんだ、こんなにも健全な事はないじゃないか!よし、早速私の意向を伝え直接宣戦布告をしてやろう!そして大手のバイオ企業に胸を借りるのではなく、完膚無きまで実力のみで、いや、肉のみで叩き潰してやろうじゃないか!」


社長が意気揚々と宣言した事で室内の空気も、秘書の不安も社員達の不安も一挙に払拭され「はい!」と力強い返事が返った。鶏と焼き鳥を愛し、自然や人の安全を優先して寄り添い食を提供する企業と最先端の技術を使い全世界の人々の胃袋を満たし語感を通して上質な感覚を常に与え実績もある培養肉を使う大手バイオ企業の戦いの火蓋が切られた──


果たし勝つことができるのか、勝敗の行方は如何に──?


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