望みとは違ったスキルを授かったけど、幸せです

宿木 柊花

第1話

 88歳。

 それは節目に過ぎない。

 だが、日本では米寿といってとてもめでたい年齢になる。


 末広がりが二つ並んだ米寿は寿命の長いエルフにとっても特別だった。

 農業を生業とするエルフはこの米寿を迎えると新しく洗礼を受ける。

 農業の神の加護を受けることになる。


 ━━━━━━

 フィーはそんな農業エルフに生まれ、今年88歳になる。


 今日はいつにも増して華々しい正装をして少し気恥ずかしくも嬉しく思う。

 いつもの食卓も花が飾られ、朝食も彩り豊かで品数も多い。豪華である。

「フィー、おめでとう」

「おめでとうフィーよく似合うわ」

「ありがとう二人とも」

 両親に祝われて、これから米寿の洗礼を受けに神殿へ向かう。


 神殿で新しいスキルを授かる。楽しみ。

 父さんのような農耕に役立つスキルだろうか。母さんのような植物の気持ちが分かるスキルだろうか。

 贅沢は言わないけど誰かの役に立つスキルがあったらいいな、と思う。



 ━━━━━━

 外から見ることしか叶わなかった神殿に初めて足を踏み入れる。静寂が満ちていて衣擦れの音すら響きそうで動きも自然とゆっくりになる。

 内部はひんやりとして無意識に身が引き締まる。感覚が研ぎ澄まされる初めての感覚。


 すでに神殿には他に二人のエルフがいた。

 ここで何が行われるのか誰も知らない。

 時間が経つにつれ、期待と緊張でドキドキが激しくなる。

「まだかしら」

 女性のエルフが呟いた。イラついているようでかかとでリズムを刻みだした。

「早く終わらねーかな。チビ達の面倒見ないと留守番させてるのが心配でならねーよ」

 正装にエプロン姿の男性エルフがソワソワと歩き回る。

「きっともうすぐですよ」

 そうなだめる僕も、このままずっと待たされたら胃が持たないのも事実だった。


「では始めよう」


 エルフの国を創設から見守ってきた長老が祭壇に現れ、僕たちを洗礼の間へと誘った。

 僕たちはそこでいくつかの洗礼を受け、そしてようやくスキルを授かる時が来た。



 最初はエプロンのエルフ。

「いらない雑草が見分けられるスキル」

「これならチビ達に食用とか薬草を見つけられるな」

 そう言うと雄叫びを上げながら、ものすごい速さで走り去ってしまった。

 次は女性のエルフ。

「種の良し悪しが分かるスキル」

「これは金の匂いがプンプンするわね」

 フフフと黒い笑みをしている。

 次は僕。

「えー、これ……」

 スキルを読み上げていた長老が固まる。

 どうしたのだろうか。固唾を飲んで次の言葉を待った。

「手から出汁が出るスキル」

「……」

「プーッ。無理耐えらんない。何その面白スキル聞いたことないわ」

 まだ思考停止している僕を置いて、残っていた女性のエルフが先に吹き出した。

「手、舐めてみなされ」

 言われるがまま、僕は何も変わった風のない自らの手を舐めてみる。

「美味しい……」

 ものすごく美味しい。野菜の下味に使ったらワンランク上の味になりそうな格別で上品な出汁の味がした。

 それ故に複雑だった。

 僕は農業エルフなのに、崇める農業の神様から農業に関係のないスキルが与えられた。

 これでは家族の役に立てない。

「これにて洗礼の義を終了する。解散!」



 ━━━━━━

 複雑な思いを抱えたまま僕は家の前に立つ。どんな顔で話せばいいのだろうか。

「フィーおかえり……」

 母さんが玄関を開けて複雑そうな顔で見ている。母さんのスキルは今や集中することで人の心まで見えるそうだ。

「やめてよ母さん」

 そしてスキルのことを話した。

「出汁が出るだけなんだって。農業には全然役に立たないスキルでごめん」

 話しているうちに視界が滲んでいく。

 母さんは今どんな顔をしているのだろう。ガッカリしているだろうか。

「すごいじゃない?」

 不意打ちだった。

「ねぇフィー。お父さんにおにぎり届けてくれる?」

 僕はおずおずと支度する。

 父さんは根っからの農夫だ。

 僕のスキルを知ったらやっぱりガッカリするのだろうな。

 ━━━

 いつものようにおにぎりを作り父さんの畑へ行く。いつものよう土を耕し泥だらけになった父さんにおにぎりを渡した。

「おかえりフィー。今日もうまそうだな」

 父さんはおにぎりを豪快に食べ始める。

「父さん、僕のもらったスキルね」

「うっま! フィーこれどうしたんだ?」

 僕はまた不意打ちを喰らった。

「いつも通りに僕が作ったんだよ?」

「美味すぎるぞこれ」

 夢中でおにぎりを頬張る。


「スキルがどうしたんだ?」

「それがね、農業関係のスキルではなかったんだ」

 父さんは黙って続きを促す。

「あのね、手から出汁が出るスキルみたいなんだ」

「そういうことか」

 父さんは大笑いする。周りの農夫も驚いてこちらを見る。

 恥ずかしくて僕は足元しか見れなかった。

 そんな僕の頭を父さんは優しく撫でる。

「フィーが作ってくれたおにぎり、本当にすごく美味しかったぞ」

「美味しいだけだよ。農業の手伝いにもならない」

「そんなことはない! 美味しい飯はいつも以上の力が出るんだ。見てろ」

 父さんは凄まじい力で一気に畑を耕した。一辺が徒歩五分くらいの畑をものの数十分で終わらせた。周りの農夫も驚きが隠せない。

「すごいぞフィー。これははかどる」

「やあ米寿おめでとうフィー」

 隣に住む農夫のおじさんがやって来て畑を見るなり父さんを肘でつついた。

「これはどういうことだ。お前の息子はブースト系のスキルだったのか?」

 父さんは誇らしげに鼻で笑う。

「違うけど確かにそうだな」

 父さんは今あったことを話すと、おじさんは少し考えてから作物と交換で俺にも食べさせてくれと言う。



 ━━━━━━

 おじさんからの提案で僕は商売を始めた。

 僕のおにぎりを食べるとやる気にブーストがかかると人気が出始め、今では【おにぎり屋】として有名になった。

 農業は自力で手伝っている。元々スキルなんてなかったのだから何も変わらなかった。




 スキルは神様からの贈り物何が届くか分からない。

 思いもよらぬスキルとの出会いで振り回されながらも見方次第で充実している。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

望みとは違ったスキルを授かったけど、幸せです 宿木 柊花 @ol4Sl4

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ