88の謎 ~でもだからってそれはないっ!!

藤瀬京祥

森村さくらに告ぐ

「あんたたち、次の休みはおじいちゃんだからね」


 忘れて予定を入れないように! ……と、先週と同じことを言う母親に 「はいはい」 とか 「は~い」 などと適当なことを答えて家を出た月嶋つきしま琴乃ことの月嶋つきしま律弥おとやの双子の兄弟。

 駅に向かう途中で幼なじみの木嶋きしま文彦ふみひこを回収し、学校最寄り駅で下車。

 改札を出て学校に向かう途中で琴乃の友人、森村もりむらさくらと会う。


「今日は三人一緒なんだ」

「一緒じゃダメ?」


 何気ないさくらの言葉に律弥が返すと、さくらは 「そうじゃないけど……」 と苦笑いを浮かべる。


三人・・が一緒だと目立つから」


 その理由がわからない律弥は 「そう?」 と返すけれど、わかる文彦は 「あははは……」 と情けなく笑う。

 けれどさくらは 「三人」 と言ったわけで、文彦もバッチリ入っている。

 そのことに気づいていないところも文彦である。


「あ、そうだ!

 琴乃ぉ、次の日曜、空いてない?」

「どうかした?」

「充電ケーブルが壊れたから買いに行こうと思って」

「あ、わたしもそろそろ機種変したかったんだよね。

 充電してもしてもすぐ電池なくなるようになっちゃって」

「じゃあさぁ……」


 早速琴乃の予定を押さえるべく約束をしようとするさくらだが、その言葉を遮るべく律弥が割って入る。


「ごめん、森村さん。

 その日は予定があるから」

「なんでお前が琴乃の予定を決めるんだよ?」


 独占欲もたいがいにしろと呆れる文彦に 「そうだ、そうだ」 と同調の声を上げる琴乃。

 ついでに振り上げる拳を、周囲に迷惑だからと文彦が下ろさせる。


「そうじゃなくて……琴ちゃん、さっきお母さんに言われただろ?

 日曜はじいちゃんの家に行くって」


 どうやら満員電車のストレスですっかり忘れていたらしい。

 思い出した琴乃は 「あー……」 と声を上げる。


「なんだっけ? キジュ? コメジュ?」

「米寿」

「あれ、どうして米寿なの?」

「八を二つ書いたら米の字に見えるからじゃなかったっけ」


 さくらや文彦が 「琴乃たちのおじいちゃん、88歳なんだ」 とか 「すげぇ」 などと言うのを聞きながらも双子の 「88の攻防」 が始まる。

 まずは琴乃が 「そうじゃなくて」 と律弥を牽制する。


「どうして88歳でお祝いなの? って話。

 60歳で還暦なのは、確か干支だっけ? なんかそういうのが一巡するからでしょ?

 じゃあ88歳は?」


 琴乃に問われた律弥はもちろん、二人の話を聞いていたさくらや文彦までが 「そういえば……」 と考える。


「還暦、白寿、喜寿で米寿だっけ」

「その次が卒寿?」

「あ、違う違う。

 還暦、古稀、喜寿、米寿、卒寿、白寿だ」


 いつの間にかスマホを取り出していた律弥が、画面を見ながら文彦の間違いを訂正する。


「文字になぞらえてるから間隔もバラバラなんだよね」

「そうそう、60歳、70歳、77歳、88歳で……」

「90歳、99歳だね」

「え? 白寿って100歳じゃないんだ」

「漢数字の百に上の一が足りないから99のはず」


 見ている画面にそこまでの解説がないのか、律弥は 「そんな話を聞いたことがある」 とあやふやな記憶を辿りながら話す。

 そして再び琴乃の疑問に戻る。


「で、だからなんで?」


 話しながら歩く四人の周囲でもまた、耳を傾けていた四人の話に琴乃と同じ疑問を抱いたのか、何人かが歩きながらスマホを操作し始める。

 おそらく律弥と同じように検索を始めたのだろう。


「88……あ、原子番号88ラジウム」


(それ、どうでもいい)


 決して誰も言葉にはしなかった。

 声に出すことはなかったけれどほぼ同時に同じことを考えたためか、なにかしら感じるものがあったのかもしれない。

 不意に律弥が顔を上げ、周囲をきょろきょろと見回すのを見て文彦が 「どうした?」 と尋ねる。


「なんか聞こえたような気がしたんだけど……気のせいかな?」

「幻聴か?」


 からかう文彦に 「そんな歳じゃないよ」 と律弥が返し、話題も年齢の本題へと戻る。

 米寿は 「の祝い」 あるいは 「賀寿がじゅ」「とし祝い」 といわれる儀礼の一つで、そもそもは中国伝来の習慣らしい。

 しかもその歴史は古く、奈良時代の頃には40歳から10歳ごとに祝われていたのだとか。

 現在は還暦までお祝いをする習慣はなくなっているけれど、その頃には還暦祝いもなければ古稀や喜寿もなかったというから、おそらく寿命が延びたことにより祝うほどのことでもなくなったのだろう。

 逆に寿命が延びたことにより、古稀や喜寿、米寿といったお祝いが増えていったのかもしれない。


「奈良時代とかって、平均寿命って50歳くらいだっけ?」

「わからないけど、今ほど長くはなかったよな。

 でもそれが伸びて40歳50歳は当たり前になったから、干支が一巡する60歳から祝うようになったんじゃないかな?」


 文彦の話に、三人だけでなく周囲を歩く在校生たちまでが (なるほど) と頷く中、琴乃が 「そういえば」 と言い出す。


「よく40歳の人が二回目の成人式って言うじゃない。

 このまま寿命が延び続ければ、そのうち二回目の還暦とか言い出すんじゃない?」


 次の瞬間一斉に、三人だけでなく周囲までが 「え?」 という視線を琴乃に向ける。

 その視線に気づいた琴乃が、内心の動揺も顕わに周囲をきょろきょろ見回すのを見ながら文彦は苦笑いを浮かべる。


「さすがにそれは……だって120歳だろ?

 そんな年寄りがそんなこと考えるか?」

「わかんないわよ。

 40歳を二回目の成人式なんて言ってるような人なら、年取っても言うかも知れないじゃない」


 食下がる琴乃に文彦が押され気味になるのを見て、今度は律弥が言う。


「でも知ってる? 琴ちゃん。

 今年から成人が18歳になるんだよ。

 だから二回目の成人式は36歳で、三回目の成人式は54歳」

「なにそれ、計算面倒臭っ!」

「だからもう使わなくなるんじゃない?」

「でもでもでも、寿命が延びれば二回目の還暦はあるでしょ!」

「んー……そうだねぇ、このまま医療が進歩すれば……寿命が延びるっていうより、そのうち不死になるんじゃない?」


 人間が不死を手に入れて寿命の意味がなくなれば、祝いそのものが、それこそ誕生日すら意味がなくなるのではないかと言い出す律弥に、さくらと文彦は空恐ろしいものを感じる。


「律弥君、それはなに?」

「医療の進歩は不死への挑戦ってかぁ?」


 気を取り直した文彦は、手振り付きで馬鹿らしいと返すが、それでも律弥は言う。


「不老不死は永遠の憧れじゃん。

 俺はいらないけど」


 ここで文彦を筆頭に、同じように学校に向かって歩く周囲の在校生たちが (いらないんだ) と心でつぶやくが、気にも留めない律弥は言葉を継ぐ。


「とにかく森村、琴ちゃんは今週の日曜は米寿の祝いでじいちゃん

 諦めて他を誘いな」

「そうだ森村、佐竹さたけを誘えば?」

「その、佐竹君、もう約束があるって断られて……」


 同級生の佐竹さたけ勇一ゆういちは、最近付き合いだしたさくらの彼氏。

 色々と問題のある性格の主で、つい最近も律弥とトラブルを起こしたばかり。

 それでもさくらとは彼氏彼女の関係なのだから、買い物を口実にデートに誘ってみればと文彦に言われたさくらは溜息混じりに返す。

 すると次の瞬間、同じ顔をした双子がさくらに迫る。


「はぁ~? 彼氏・・なんかに負けてんじゃないわよ、さくら!」

「森村、あいつを野放しにするな!」

「え……と、木嶋君?」


 意味がわからず戸惑うさくらに助けを求められた文彦は、気まずそうに視線をそらせる。


「悪い森村、とりあえず謝っとく。

 ごめん」

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88の謎 ~でもだからってそれはないっ!! 藤瀬京祥 @syo-getu

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