米寿までの記憶

虫十無

モフ

 今日はモフの米寿のお祝いだ。モフは我が家にずっといる犬のロボットペットのことだ。ひいじいちゃんが買って、その二年後にじいちゃんが生まれたので我が家ではじいちゃんよりも年上ということになる。

 もちろんずっとといってもたまに故障するから修理には出している。けれどそれ以外はずっと家にいる。散歩も必要ないから本当に家から出ないのだ。

 モフという名前は、ひいばあちゃんがつけたらしい。モフの見た目は普通にロボットのつるつるしたものだけれど、手がつめたい人は心が温かいと言われるように、きっとモフも身体がつるつるな分心がモフモフだろうということらしい。別にその俗信はいいものだとは思わないけれど、でもモフに込められた意味としてはいいものだと思う。

「モフ、八十八歳おめでとう」

 家族みんなから声を掛けられる。もちろん最新のバーチャルペットやメカペットなんかとは違ってこちらの言葉を理解する機能はついていない。せいぜい音のする方に顔を向ける機能くらいだ。それでも我が家ではモフに話しかけるのが普通だし、モフがこちらを見てくれるのをモフの意思として喜んでいる。


 翌日、朝テレビをつけるとニュースでは特殊なねじの生産終了を伝えていた。それと同時にメールが来る。開くと、モフを作ったメーカーからのものだった。生産終了されるねじはモフにも使われているもので、これからは修理のサポートができないとのことだった。

 慌ててモフの様子を見る。とはいえモフが修理に行くのは僕が生まれてからは大体五年に一回くらいで、去年行ったばかりだからまだ修理が必要なほどではないだろう。けれどサポートは後一年くらいで終わってしまう見込みらしい。確かに九十年近くサポートがあったことはすごいことだと思うけれど、それでも僕はまだモフと一緒に暮らしたい。

 モフと見つめ合う。ふと気づく。モフにはカメラが搭載されているはずだ。それはどうなっているんだろう。

「父さん、モフの説明書ってどこ?」

「モフの説明書なんてもうどっか行ってるからネットで探しなさい」

 それもそうだと思いなおし、探し始める。探し始めればすぐに見つかるくらいのものではあったが、使われることが少なくなったフォーマットが使われている。僕の端末では見られないやつだ。結局父さんに端末を借りて見る。

 確かにモフにはカメラがあって、家族の顔を記録してある。そして常時撮影している中からみんなが楽しそうとかの記念になるようなものが残されているらしい。けれど、それを保存している媒体が問題だった。そんな媒体、歴史の授業で一瞬名前が出てきたくらいのものだ。僕は今ぎりぎり覚えていたけれど、確実にこれから忘れるだろう記憶だった。もちろんそんなものからデータを取り出せるような機器は家にない。見られるような機器もない。あっても確認できない記録、いやモフの記憶がある。モフと我が家の記憶。

「モフ、どうすればいいんだろう」

 モフと目を合わせる。

 ああ、モフと目を合わせられる。それなら、モフが、モフの記憶の中のぼくの顔と照合している。取り出せないからなんだ、モフの中にあればそれはモフの記憶だ。

 たとえモフが動かなくなっても、その記憶はモフの中にある。僕の記憶だって僕が死んだら取り出せなくなるんだ。モフと同じだ。だから、大丈夫。

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