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八月四日(水)晴れ
夕食後、隆介におかしな言葉を告げられた。
大事な話があるので、深夜0時に川沿いのお堂まで来てほしいと言われたのだ。
どうしてそんな時間に、そんな場所で待ち合わせをしなければならないのか、さっぱりわけがわからない。
話があるならここでしなさいと言っても、あの子は聞こうとしなかった。
そのときの隆介は、とても怖い目つきをしていた。私が幼い頃に村を騒がせた、狂暴な野犬のような目つきだった。
先月、肘を壊して野球部を辞めて以来、あの子は変わってしまった。
もしかして、ノイローゼか何かなのだろうか。
あの子は気丈な性格だと思っていたが、もしかしたら静夫よりも繊細な気性をしているのかもしれない。
私は母親として、もっと隆介を気遣うべきだった。だから隆介は、あんな怖い目つきをする子供になってしまったのだ。
隆介がそれほどの悩みを抱えているなら、今度こそきちんと聞いてあげよう。
深夜にこっそり家を抜け出すなんて、あまりに馬鹿げているけれど、それで隆介の気が済むというのなら、私は母親としてすべて受け止めなければいけないのだ。
主人に相談するかどうかは、隆介の話を聞いてあげてからにしよう。
私は、おかしなことに気づいてしまった。
お勝手から包丁が一本、なくなっていたのだ。
夕食の片付けをしているときには、間違いなく全部そろっていたのに。一番大きな出刃包丁だけがなくなっていた。
まさか、隆介が持ち出したのだろうか。
そういえば、さっき私と話をした後、隆介は自分の部屋ではなくお勝手のあるほうに消えていったのだ。
それ以降、誰かがお勝手に向かった気配はない。私の寝室はみんなの寝室とお勝手の間にあるため、よほど足音を殺して進まない限りは、誰が通りかかっても廊下の軋む音でわかるはずだった。
隆介はもう家を出てしまったようで、何を問い質すこともできない。
今頃あの子は真っ暗なお堂の前で、出刃包丁を握りしめながら、私のことを待ちかまえているのだろうか。
そんな馬鹿なと思いながら、どうしてもそんな想像を打ち消すことができない。
それぐらい、隆介は怖い目つきをしていたのだ。
でも、もう考えるのはやめよう。
私にできるのは、母親としてあの子の思いを受け止めることだけだ。
きちんと話せば、隆介もきっとわかってくれる。私は母親として、あの子を信じよう。たとえノイローゼになっていたとしても、隆介は私の大事な子供なのだから。
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