第3話 とあるゲーマーの歴史と哀愁

 

 貸しきられた店内では、同級生だった奴らが昔話や育児などの近況報告で盛り上がっていた。

 

 仕事終わりに面倒なクライアントの対応をしてクタクタだった俺は、その輪に入る気力もわかず、カウンター席に一人で座ってスマホゲーをしながらビールを一気にあおる。


「はぁ……やっぱり来るんじゃなかった」


 今日は中学時代の同窓会。

 

 実家に郵送されてきた同窓会のハガキには、欠席に丸をして送り返すように頼んであった。本来なら話はそこで終わっていたはず。

 

 なのに、記憶からすっぽり抜け落ちていた年の暮れ、地元の駅で同窓会の幹事達に見つかってしまい強引に連れていかれ今に至る。

 


 店内には学生時代唯一の相方も、当時好きだった女の子も見あたらなかったのでここに残る意味はほぼない。


  それより、今日は自分がやっているソシャゲのガチャ更新日なのだ。

 

 数ヵ月にわたって新ガチャの誘惑に打ち勝ち、貯めに貯めたガチャ石と、現金六千円を足すとちょうど好きなキャラを一体タダでもらえる『天井』という救済システムが使える日が今日だった。


 トイレに行った際、ネットでチラ見したその『季節限定キャラ』の性能は申し分なく、俗にいう『人権キャラ』といってよかった。だからこそ家に帰ってその『季節限定キャラ』を引くのを楽しみにしていた。そう、楽しみにしていたのだ。



 天井に届くための六千円が、今日の同窓会の会費で飛んでいってしまった……。

 給料から自由に使えるお金はそこまでない。六千円は食費を削ったりして頑張って工面したお金だ。それがさっき消えた。


 

 悔しさと悲しさを解消するために自分がとった行動は、会費分を飲み食いし、元を取ってから帰ること。子供じみた思考だが、この妙なモチベのおかげで空しいこの場を乗り切れそうだった。



 会費が高い分提供されている料理は思っていたより上質でおいしいのが救いか。プレミアムなビールでのどをうるおわせつつ、料理を次々とかきこんでいく。

 くわぁ~うめぇ! これなら幾らでも飲めるな――



 ――調子に乗って飲みすぎた……。

 流石に元は取れたはず、前後不覚になる前に帰るとするか。

 帰る準備をするため、立ち上がろうとすると不意に声をかけられた。



「やっ! 『高坂晶』くんだよね? 久しぶり。ここいいかな?」

 


 誰だ? 俺の名前を呼ぶ奴は。今から帰るつもりだったんだぞ? タイミング悪すぎだろ。

 

 

 平静を装いつつ振り向くと、コップを手にしたさわやかなイケメンがそこにいた。彼は俺の返事も待たずに隣のカウンター席に座り、微笑みかけてくる。



 誰こいつ? 俺のこと知っているようだがこっちはまったく思いだせん。

 

 

 こちらだけ名前を忘れている相手と話すことほど気を遣うことはない。名前を忘れていること自体が既に失礼だし、対応も後手になってしまうから疲れるのだ。

 はぁ……面倒くさ。何も考えず早く出て行けばよかった。



「あれ? もしかして僕のこと覚えてない?」

 

 対応策を練っていたら、適当にごまかして話を相手に合わせるタイミングを失ってしまっていた。

 こうなったらもう仕方ない。正攻法で行くか。



「悪い、みんな中学時代から変わりすぎていてさ」



「あはは、ひどいなぁ。僕は君の事よーく知っているのに。カミシマ、『カミシマススム』だよ。思い出せた?」

 


 うーん……いたっけ、こんな奴。

 名前を聞いてもピンとこないぞ。 

 


 そもそも、学生時代の俺はこんなスクールカースト上位にいるような人間と接点はなかった。

 相方とゲームやアニメの話ばかりしていたから、大体の奴らに気味悪がられていたくらいだ。

 


 すると部活か?

 いやいや、俺帰宅部だったわ。だからこの線もない。



 可能性のありそうなことを脳内で羅列し、記憶を辿ってみるもまったく思いだせない。

 うん、諦めよう。



「すまん。俺あんまり人の顔とか名前とか覚えられないタイプだから」


「そっかぁ……残念。まぁうちの学校生徒数多かったしね。こんな事もあるよねぇ」


 いやいやいや、そんな悲しい顔するなよ。

 


 後ろめたさからか、ただ単に酔いが回って来ていて動くのが面倒くさくなったのかどっちだかわからないが、俺は少しだけカミシマくんの相手をすることにした。

 話のあう話題もそんなにないだろうから、すぐどっかに行ってくれるだろう――



 ――アルコールを入れつつ他愛のない話を続けていると、急にカミシマくんが話題を変えた。


「そういえばさ、さっきスマホいじっていたじゃない。ゲームとかするんだ?」


「うん、人並みには。これも面白いってわけじゃないけど、暇なときに時間がつぶせて丁度いいよ」

 


 スマホゲーを最初に始めたのは、CMを見てなんとなくというありきたりな理由だった。なのに習慣化され長い事ポチポチやっていると愛着もわき、今やガチャ更新の日にちが頭の中から離れないところまで来ていた。

 


「そっかぁ、実は僕もゲーマーなんだ」


「へぇ~」


 普通は「どんなゲーム?」と聞き返すのがマナーってものだが、どうにもその気持ちが削がれ、適当な相槌を打ってしまった。

 


 一般人のいうゲームとは、カジュアルなものを指す事が多い。

 オタクの自分はやりこみ要素が多く、濃いゲームが好きなので同じ『ゲーム』という単語でも意味合いが大きく変わってくる。要は話が合わない。



「そういえばさ、あのゲームのリメイクが出るしいよ。アドミラル7」

 


 アドミラル7は俺達の中学時代に出た大作RPGのことで、正式タイトルは『アドミラルファンタジー7』二大ゲームハード戦争に終止符を打ったメガタイトルだ。



 当時数百万本売れて社会現象になったゲームで、相方は連日の徹夜で、体育の授業中意識を失いぶっ倒れたとかなんとか……アホすぎる。



「ああぁ、その情報はネットで見たけどさ、あれってムービーもない止め絵だけの参考出展だったし、あと数年は出ないよね」 


「あはは、言えてる」

 


 リメイクの話はネットでしか発表されていないはず。こういう話題について来られるとは意外だった。思っている以上にゲーマーなのかも?

 


 そう思いなおしてからはカミシマくんとの会話も弾み、楽しくなってきた。

 同年代かつ話題もかみ合うならこうなるわな。

 


 今は大分市民権を得ているが、学生時代のゲーマーは肩身の狭い思いをさせられた。そのことを身にしみて知っている俺は「いい時代になったものだ」と心の中でつぶやく。



「スマホゲー以外に何かやっていたりする?」

 

 ふむ、やけにゲームの話を掘り下げてくるな。

 きっと普段ゲームの話をする相手が周りにいないのだろう。俺も一緒だからわかる。

 


 この年齢になってくると所帯を持ったり、ゲーム自体に飽きたりして卒業する奴が増えてくるしね、俺がいい話し相手になれているようでよかった。



「据え置きのもやるし、スペックが必要なpcゲーもやってるよ」

 

 衣食の費用より、ゲームを優先するくらいにはゲームが好きだ。

 コミュ症の俺でもこいつのおかげで同好の士とコミュニケーションが取れたし。



「ふんふん、ネトゲとかはどう? 『MMORPG』とかさぁ」


「『MMORPG』か、昔はやっていたけど、時間かかるのが多いし最近はやってないかな。体力が落ちてきたのか12時頃にはすぐ眠くなっちゃうし」

 


 若いころはゲーム中に寝落ちなんて考えられなかったが、最近はコントローラーを握ったまま寝落ちしていることが多くなってきていた。



「わかる! 僕も最近ゲーム中に寝落ちすること増えてきたよぉ」


「お互い、もうすぐ三十だしね。おっさんになったってことで」


「だね」

 

 

 同窓会なんぞすぐに帰るつもりだったがゲーム話が弾み、楽しく過ごせていた。

 同じ年代を生きた人間と趣味の話をするのがこんなに楽しいとはね、学生を卒業してからはネットでの付き合いばかりだったから久しく忘れていたよ。

 その事に気づくと心の奥底からこみ上げてくるものがある。

 


 物心ついたときには既にゲームが身近にあった。

 自分はゲームに成長させてもらってきたといっても過言ではない。格好いい物言いや、生き方もゲームから学び、つらい時には精神的に助けられたりもした。



 俺にとってゲームとは人生そのものといっても過言ではない。それを同窓会の場で分かち合えるとは……今日は運がよかったのかも。



「高坂くん、大丈夫?」

 

 深く考え事をしていたら、心配されてしまった。


「酔い覚ましに外いこっか」

 

 ジョッキやグラスを何杯あけたか覚えていないが、酔っ払っている自覚はある。だから大丈夫。


「いいね。ちょっとここタバコくさいと思っていたし、いこっか」



 ポケットをパンパン叩く。財布にスマホ、家の鍵もある。

 貴重品は持っているのでコートだけ羽織ってフラフラしながらお店の出口へ向かう。

 


 年の暮れ、吐く息も真っ白い。窓ガラスに映る真っ赤な顔とのコントラストが見事でなんだか笑ってしまった――



 自販機でコーヒーを二本買い、一本をカミシマくんに放る。


「ありがとう」


「いえいえ」


 外は少し肌寒かったけど、コーヒーのおかげでほっと一息つけた。



「高坂くんところでさっきの話の続きなんだけどさぁ」


「うん?」


「MMOの」


「ああ」

  


「うちの会社で作っているゲームがあるんだけどさぁ、よかったら後で少し触ってもらっていい?」

 


 好きなことを仕事に出来たタイプか、少しうらやましい。

 それを口に出しては言わないけどさ。


「俺はいいけど、それ発売日前に見せちゃっていいの? コンプライアンス的にまずいでしょ」


「ああ、大丈夫だよ。僕が会社の代表だから責任は持てるし」

 

 至極全うなことを言ったつもりなのだろうが、代表とはいえそんな緩くていいのだろうか。

 


 まぁいっか、俺も情報を外に漏らすようなマネはしないし。


「ならいいけど、スマホで出来るやつ?」

 


 ゲーマーが一度は夢見るゲーム制作。

 学生時代ゲームツクールで挫折した自分としては興味もわくし、応援してやりたくもあったので提案に乗ることにした。



「スマホじゃスペック不足かな。ノートパソコンがあるから店内に戻ってちょっと触ってみてよ」


「あいよう」 



 店内に戻るとさっきの席が空いたままなので、そこに座りなおした。

 カミシマくんは荷物置き場から早速カバンを持ち出し、その中からゴツ目のノートパソコンを取り出してカウンターの上に置いた。早く見せたくて仕方ないのだろう。 

 


 カミシマくんがスイッチを入れると、爆速でデスクトップ画面が立ち上がった。この速さ、間違いなくSSDを積んだゲーミングPCだろう。

 


 デスクトップ画面はこざっぱりとしていて、ブラウザとゴミ箱と見慣れないアイコンが一つあるだけ。そのアイコンをダブルクリックすると、ゲーム画面がウィンドウサイズで立ち上がった。



「あとこれも」 

 

 ケーブルが何本も延びたヘッドマウントディスプレイをカバンから取り出し、グイグイと俺にかぶせようとしてくる。もう待ちきれないといった感じだ。

  


「……本格的だね」

 

 こんな物を店内で装着したら目立って仕方ないが、やると約束しちゃったし、もうこの際恥ずかしさを我慢して協力するしかない。



 俺はコップに残ったぬるめのビールをあおってから、一気にヘッドマウントディスプレイを装着した―― 

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